春採湖の周囲の散策路を妹と一緒に散歩した。春採湖は小学1年までと高校の時の思い出の場だ。緋鮒(ヒブナ)がいることで有名であった。が、一度もヒブナを釣った事はなかった。大人が釣ったのを見せてもらっただけだ。ほとんどがワカサギ釣りであった。何故か当時の子供の間では小便をすると良く釣れると言われていたので、欄干の上に立って放尿したものだ。釣った魚は川魚を含めて食べた事がなかった。海釣りで釣れる魚は食べるが淡水魚は精々ニワトリの餌くらいなものだった。
故有事
日常の出来事や野山を探索して感じたことを、さらには人と動物の行動との類似や相違で感じたことを述べていきたい。
「特定秘密保護法反対」
自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。
原発不要・核廃絶 ガザ・ウクライナに平和を!
2026年8月6日木曜日
春採湖の周りを散歩 A walk around the lake Harutori
子供の頃の思いでを求めて In search of childhood memories
2026年8月4日火曜日
生まれ故郷の釧路の街 Kushiro of my hometown
生まれ故郷の釧路は人口も15万以下になったようで、子供の頃中心街・繁華街だった所を含めて市街地が寂れている。繁華街はシャッターが下されと倉庫街のような雰囲気だ。釧路駅にもfreeWiFiが無いのは少し驚いた。が、仕方がない。
富士見町には小学校1年まで住んでいた。そこで、市立病院の火事や湖陵高校の火事を目にした。市立病院の火事では空が赤くなり、大きな燃えた柱などが飛んできた。親父が屋根に上がってバケツで大きな火の粉を消していた。二つ上の兄は親父に水を運んでいた。こちらはただ歯をガタガタ言わせながら立ち竦んでいた。湖陵高校の火事は風が海側に吹いていたので、我が家から燃えている建物の柱が良く見えた。その時は歯はガタガタ言わなかった。火の粉が飛んで来ない安心感が子供心にあったのだろう。
富士見町に住んでいたころは月見坂を下りて春採湖でワカサギやフナ、トンギョ、ドンコなどを釣って遊んだ。釣ったワカサギは竹老園の鳥たちに与えたりした。持って帰ってもワカサギはすぐ死んだ。当時の魚を飼う容器は、粉ミルクが入っていた缶や欠けたタライであった。
家から春採湖は結構な距離があったが、今、グーグルマップで見ると500メートルそこそこである。また、月見坂は急な坂道で橇で滑り降りるのも怖いくらいだった。手作りの橇に乗り両手は橇の端を掴み左足で舵を取った。
2026年8月3日月曜日
エ?コマクサだ! Why? They are Komakusa, Dicentra peregrina!
2026年8月2日日曜日
寒い釧路! Cold Kushiro!
30日から故郷釧路に帰ってきている。その涼しさ、寒さに今更ながら驚いている。ジーンズのズボンを持ってきて良かった。T-シャツの上から長袖を着ている。昨日は泊まっている妹の家から富士見町の月見坂まで往復12000歩を歩いたが汗を掻かず。
31日は広島からきた長女とノロッコ号に乗って釧路湿原駅まで、そこから細岡展望台まで登って釧路湿原を見る。が、ガスっているし、霧雨模様だった。それでも観光客は歓声を上げている。










































