「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶 ガザ・ウクライナに平和を!


2026年8月6日木曜日

春採湖の周りを散歩                 A walk around the lake Harutori

  春採湖の周囲の散策路を妹と一緒に散歩した。春採湖は小学1年までと高校の時の思い出の場だ。緋鮒(ヒブナ)がいることで有名であった。が、一度もヒブナを釣った事はなかった。大人が釣ったのを見せてもらっただけだ。ほとんどがワカサギ釣りであった。何故か当時の子供の間では小便をすると良く釣れると言われていたので、欄干の上に立って放尿したものだ。釣った魚は川魚を含めて食べた事がなかった。海釣りで釣れる魚は食べるが淡水魚は精々ニワトリの餌くらいなものだった。

図1.駐車場の側にあった春採湖の看板
図2.サビタの花と春採湖
 散歩者に出会う事は数回くらンいなものであったが、道は整備され林の中を歩いたり、湖岸に生える木や草を見ながら歩いた。こちらが何度を立ち止まって写真を撮るので、どうしても時間がかかる。
図3.ジャノメチョウだ
図4.ヒョウモンチョウ
図6.アキアカネ
図6.チャランケチャシ(アイヌの古戦場の跡)
 チャランケチャシで思い出した。子供の頃は喧嘩をする時、「チャランケ付けるのか?」と凄んだものだ。釧路と云う地名はアイヌ語からだ。他にどんなアイヌ語を使っていたのか覚えてない。

子供の頃の思いでを求めて In search of childhood memories

 先日は通った中学校と小学生時代の大半を過ごした鳥取の十条製紙工場の社宅跡まで足を延ばした。共栄中学の正門の場所が移動していた(図1)。学校の正門玄関も建物もグランドも全く昔の面影がない。以前のグランドは校舎の東側にあったが、今は西側にある(図2)。正門付近の草むしりをしていた若い教員と話しをした。ぼくの担任であった故茂木先生の事が思い出された。当時、学年は12組まであり、各クラスは50名くらい生徒がいた。今は4クラスとか?子供が見かけないのが理解できる。
図1.共栄中学校の正門 西側にグランドがある
図2.共栄中学校、校舎と正門玄関
 中学校を後にして、大曲を通り、鳥取橋を目指した。日向はやはり釧路と云えども暑い!鳥取橋だ(図3)。子供の頃のこの橋は木造だった。冬は雪が凍り付いて歩くのが怖かった。橋のしたまで降りる。製紙工場の煙突と煙が何故か懐かしい(図4)。
図3.鳥取橋に着いた!
図4.製紙工場の煙突
 新釧路川にはカモメがたくさん浮かんでいた(図5)。子供の頃は右岸のほんの一部が仕切られて夏はプールになったんだ。橋の上に戻り十条製紙工場の社宅跡を目指す。途中で、同級生のHとIの家があった道に入るが全く雰囲気が変わっており、かっての彼らの家の場所がわからず。
図5.カモメたち
 鳥取大通りにでる。すぐ昔の十条製紙工場の正門だ(図7)。正門の前の広い庭の雰囲気は昔のままだ。春はタンポポで一杯になった所だ。
図6.かっての十条製紙工場の正門前
図7.前庭
 鳥取大通り2丁目のバス停(図8)から3丁目まで歩いた。が、かっての社宅の間の通りを通って製紙工場の材木置き場の間を通り、新富士駅までの道を捜したが判らず。帰宅してから妹のPCでグーグルマップを見たらもう少し歩いたらその道に行けたのだ。すっかり雰囲気が代わり、浦島太郎になった感じがした。そりゃーそうだ70年前の記憶を頼りに歩いているのだ。
図8.鳥取大通り2丁目バス停
 引き返してまた鳥取橋から新釧路川を眺める。70年前はこようちらの右岸から、ウグイ、アメマス釣りを楽しみ、遡上してくるシシャモを引っ掻けたものだ。仁々志別川も見える(図9)。中学の同級生が雪解けの川で父親とボートで釣りをして亡くなった川だ。この仁々志別川に十条製紙工場のホッケーリンクが冬場に出来た。夏はトンギョ、ドンコ、ドジョウの釣り場だった。トンギョの巣を始めて見たのが、ここか春採湖かはっきりしない。
図9.仁々志別川が新釧路川に合流する
 自動販売機で水を買おうと思ったが販売機は見当たらない。コンビニの前にも販売機はおいていない。ローソンに入る。セルフレジでまごまごしていると中学生くらいの少年に教わった。全く、年寄りはちょっとセルフレジのやり方が変わっただけで対応できないのだ。首尾良く妹の家に帰宅。1万歩近く歩いた。

2026年8月4日火曜日

生まれ故郷の釧路の街 Kushiro of my hometown

  生まれ故郷の釧路は人口も15万以下になったようで、子供の頃中心街・繁華街だった所を含めて市街地が寂れている。繁華街はシャッターが下されと倉庫街のような雰囲気だ。釧路駅にもfreeWiFiが無いのは少し驚いた。が、仕方がない。

 富士見町には小学校1年まで住んでいた。そこで、市立病院の火事や湖陵高校の火事を目にした。市立病院の火事では空が赤くなり、大きな燃えた柱などが飛んできた。親父が屋根に上がってバケツで大きな火の粉を消していた。二つ上の兄は親父に水を運んでいた。こちらはただ歯をガタガタ言わせながら立ち竦んでいた。湖陵高校の火事は風が海側に吹いていたので、我が家から燃えている建物の柱が良く見えた。その時は歯はガタガタ言わなかった。火の粉が飛んで来ない安心感が子供心にあったのだろう。

 富士見町に住んでいたころは月見坂を下りて春採湖でワカサギやフナ、トンギョ、ドンコなどを釣って遊んだ。釣ったワカサギは竹老園の鳥たちに与えたりした。持って帰ってもワカサギはすぐ死んだ。当時の魚を飼う容器は、粉ミルクが入っていた缶や欠けたタライであった。

 家から春採湖は結構な距離があったが、今、グーグルマップで見ると500メートルそこそこである。また、月見坂は急な坂道で橇で滑り降りるのも怖いくらいだった。手作りの橇に乗り両手は橇の端を掴み左足で舵を取った。

図1.月見坂を見下ろす
 月見坂を下まで降りずにその横にある喫茶店月見坂に入り、コーヒーを頼む。店はママさんのお喋り仲間の溜まり場のようだった。
図2.茶店月見坂
 住んでいた仏教釧路幼稚園(図3)の前を通り、出世坂降りる途中の公園のトイレで用を足す。以前は下りかけた左に図書館があったが、今は別のところに移動したようだ。
図3.仏教釧路幼稚園
 出世坂は高校の時、クラス仲間の藤森や繁康などと帰る時に一緒に降りたものだ。藤森も繁康も逝ってしまった。
図5.出世坂を下る
 出世坂を降りるとすぐ幣舞橋を渡る(図6)。当時の橋はどのような橋だったか覚えていない。今は橋の両側に女性像が並ぶ。プラハのカレル橋の偉人像を思い出した。しかし、カレル橋は幣舞橋の3倍くらい長い。
図6.幣舞橋、出世坂方面を見る
図7.幣舞橋欄干の素敵な女性像
 幣舞橋を渡ると釧路駅に向かう北大通りで、繁華街であった。そこで各自の自宅方面のバスを待った。一人で歩くと遠い昔の記憶が浮かび上がってくる。昔は、魚の匂いが立ち込めていたが、今は、釧路港に停泊している漁船もほとんどなかったし、街全体が寂れていて寂しい。

2026年8月3日月曜日

エ?コマクサだ!                Why? They are Komakusa, Dicentra peregrina!

 一昨日、歩いて釧路川沿いに出て、幣舞橋へ向かう。幣舞橋を渡り、ロータリを回って花時計の下を登りかけた時、左の斜面に不思議なガーデンがある。なんとそこにはコマクサがあった。
図1.右に幣舞橋があり、橋の正面は花時計
図2.コマクサ
図3.これは種子がこぼれて増えているのだ
図4.これは不思議、白いコマクサだ!
 驚きだ。子供の頃から海岸砂丘にはガンコウランやフレップあり、当時どの家の庭にも植えられていた。金魚鉢にはマリモもあった。しかし、コマクサは阿寒の山頂に行かなければ見られない植物だった。釧路野草会の人たちによのって管理されているようだ(図5)。
図5.釧路山草会
 出世坂を登って富士見町を通って月見坂まで行く。そこにあった茶店に入って一休み。帰路は幣舞橋の側のムーに入る。12000歩の散歩だった。

2026年8月2日日曜日

寒い釧路!                        Cold Kushiro!

  30日から故郷釧路に帰ってきている。その涼しさ、寒さに今更ながら驚いている。ジーンズのズボンを持ってきて良かった。T-シャツの上から長袖を着ている。昨日は泊まっている妹の家から富士見町の月見坂まで往復12000歩を歩いたが汗を掻かず。

 31日は広島からきた長女とノロッコ号に乗って釧路湿原駅まで、そこから細岡展望台まで登って釧路湿原を見る。が、ガスっているし、霧雨模様だった。それでも観光客は歓声を上げている。

 
図1.釧路湿原駅
図2.細岡展望台から湿原を見る
 展望台からの下りはほんの少し遠回りをしてハイキング路を歩いた。こちらは懐かしい植物を見て嬉しい。丹沢を歩いていた登山靴を履いてきたので足取りも軽い。周りはクマザサで覆われ、シラカバやカエデ、ブナの仲間の大きな葉のカシワの木がある。ノロッコ号が来る間湿原駅のホーム沿いのホザキシモツケ、キツリフネ、サビタの花、シラネセンキュウなどの花が目につく。
図3.釧路行きのノロッコ号が来た
図4.ホザキシモツケ
図5.シラネセンキュウ

2026年7月31日金曜日

上腕骨に滑車上孔があるアナグマと無いアナグマ                        Badgers with and without a supratrochlear foramen in the humerus.

 イタチ科アナグマの上腕骨には顆上孔(図1,2では紐で結ぶ)があり、これはイタチ科のイタチやテンもあるので、分類・同定の時の大きな目安となる。尺骨の肘突起(とうとっき)が接する肘頭窩(とうとうか)に滑車上孔が開いている個体とそうでない個体がいる(図1&2)。
図1.アナグマMeles melesの後方からの左上腕骨に滑車上孔がある個体(左)
 双方とも顆上孔は同じ位置にあるが、尺骨と接する肘頭窩(図1)と鉤突窩(こうとつか)(図2)部分に滑車上孔がある個体とそうでない個体がいるのが分かる。これはどのような事を意味するのだろうか?
 滑車上孔が開いていない、シカやネコの上腕骨の肘頭窩や鉤突窩の骨の壁は薄い。透けて見える場合(ノウサギなど)もある。
図2.アナグマの前方からの左上腕骨に滑車上孔がある個体(左)

 この滑車上孔の有無は大した問題ではないのかもしれない。 

 昨日から故郷の釧路に来ている。寒い。今日は長女とノロッコ号へ乗る予定だ。

2026年7月30日木曜日

ウリボウの上腕骨の滑車上孔                            The foramen supratrochleare of humerus of infant wild boar

 手持ちの標本で、イノシシの上腕骨があるのはハタチガ沢林道でウリボウの滑落死体を見つけたものだけだ。伊勢沢でイノシシのオトナメスの死体を見つけ頭部だけを切って持ち帰り、翌日行ったら全て跡形も無く消えていた。

図1.ウリボウSus  scrofaの右上腕骨の滑車上孔 
左:後ろから 右:前から
a:上腕骨頭 b:大結節 c:滑車上孔 d:上腕骨滑車
 滑車上孔cは、手持ちの標本ではイヌ、タヌキ、キツネ、アナグマ(無い個体もいる)、アナウサギ(何故かノウサギには無い)、イノシシにある。この孔がどのような役目を果たすのかちょっとわからない。顆上孔は神経や血管が通るが、滑車上孔は尺骨の肘突起が接して孔が開いた印象だ。

2026年7月29日水曜日

夏に庭で咲くラン                            Orchids that bloom in the back yard in summer

 庭のウメの木の枝に吊るしているデンドロとカトレアの仲間が花をつけている。この二つは真夏に茎頂から蕾を出して咲く。このデンドロは昨年秋から今春にかけて葉と茎の間からセッコクのように蕾を出して咲いた。両者とも草丈が長い。特にフォーミディブルは太い幹が50センチくらいも伸びる。小さく仕立てたいものだ。
図1.デンドロビウム・フォーミディブル
 今は、庭の花はタイワンホトトギスとカノコユリが目立つくらいだ。タメトモユリの蕾も大きくなった。
図2.カトレア・ビオラセア
  今、散歩に行ってきた。6千歩コースを歩いた。下土田遊水地公園は車が数台しか停まっておらず、湘南台大橋の日陰でお母さんと小さな男の子二人がサッカーをやっていた。湘南台高校のグランドでは野球部、サッカー部、テニス部が声を上げながら元気に練習していた。あんな元気な時代があったのだが、何もしない内に80歳になり、シャワーを浴びるのに靴下を脱ぐのもパンツも脱ぐのもトロトロした動きだ。素早く動くと筋肉が攣るせいもあるのだ。

上腕骨の各部位の名称と滑車上孔                        The names of parts in humerus and foramen supratrochleare

 頭骨に大孔や後頭顆、後眼窩突起窩などの名があるように上腕骨にも可成り細かな名称が付いている。ここでは、これからこの場で使うものをアップする。
図1.アナグマMeles melesの左上腕骨、右:前から 左:後ろから
a:上腕骨頭  b:大結節  c:小結節  d:上腕骨体  e:外側上顆稜  f:肘頭窩  g:上顎骨滑車  h:外側上顆  i:内側上顆  j:大結節稜  k:鉤突窩
 尚、fの肘頭窩とkの鉤突窩の間の骨は薄く、イヌ科のイヌ、タヌキ、キツネではfとkの間に滑車上孔が開いている。また、図1.のアナグマは滑車上孔が開いてないが、滑車上孔がある個体もいる(図2)。さらに、アナウサギでも滑車上孔が開いている(図2)。
図2.後ろからの上腕骨、aは左、b,c,dは右
a:アナウサギOryctotagus cuniculus  b:タヌキNyctereutes procyonoides  c:アナグマMeles meles  d:キツネVulpes vulpes
 どうも、今一つ標本不足もあって、シカやカモシカの上腕骨には見られないが、この滑車上孔アナグマのように無い個体もいれば在る個体もいる。また、アナウサギには滑車上孔はあるが、ノウサギには見られない。しかし、標本が2個体だけだ。ブタでもあるようなので、手持ちのイノシシを見てみよう。この滑車上孔お有無で種を限定できる。

2026年7月27日月曜日

頭骨の形状は違うのに上腕骨や大腿骨の形状はほぼ同じ                            The shapes of skulls are differ, but those of hurmeri and femurs are alomost same.

 昨日の巴戦での安青錦が熱海富士、霧島と破ったのには鳥肌が立ったように感動した。あり得ないと思われる事を安青錦を起こした。ウクライナ頑張れ!

 骨を眺めていて、いつも不思議に思うのは四つ足動物の哺乳類の頭骨は種によって違いが判り易いのに、前後の肢の最初の骨、上腕骨と大腿骨の形状が、半樹上生活をするニホンザル、地上生活のタヌキ、地中に巣穴を掘るアナグマの3種の動物でも変わらない事だ(図1)。
図1.ニホンザルMacaca fuscata a、タヌキNyctereutes procyonoides b、アナグマMeles meles cの上腕骨(左)と大腿骨(右)
 ニホンザルもタヌキもアナグマも何となく似たような四足歩行をする時があるから似ているのかと思ってしまうが、偶蹄類のシカでも、ぴょんぴょん跳び回るウサギでも(図2)、ニホンザルやタヌキとほぼ同じ形状の上腕骨と大腿骨である。

図2.シカCervus nippon (左)とノウサギLepus brachyurus(右)の上腕骨(左)と大腿骨(右) 

 この形状がほぼ同じなのは、滑空するムササビの上腕骨や大腿骨もそうだ(図3)。
図3.ムササビPetaurista leucogenysの上腕骨(左)と大腿骨(右)
 頭骨が目Orderによって大きく違うのは、目Orderによって生態・行動様式が異なるのでその反映が頭骨に現れていると考えている。しかし、上腕骨や大腿骨が、ニホンザル(霊長目)、タヌキ(食肉目)、シカ(鯨偶蹄目)、ウサギ(兎形目)、ムササビ(齧歯目)でも長さや太さの違いはあるが、形状はほぼ同じだ。生態や行動様式の違いがもっと上腕骨や大腿骨に現れても良いのに、どうしてなのだろう。長さ、太さの違いは身体の大きさの違いだけだ。もっと違うところに目をつけなければいけない。
 
 ただ、爪を使う動物のアナグマ(食肉目)やムササビ(齧歯目)には上腕骨の遠位端の内側に顆上孔があるが、更なる明確な相違が見えない。そんな筈がない。生態や行動様式が違うから頭骨以外の手足の骨にも現れている筈なのだが、まだ説明できるような違いが見つからない。
 尤も古生物学や遺跡学の研究者は骨の違いで種まで同定している。ぼくはネコやイヌ、タヌキの上腕骨や大腿骨の区別が就かない。シカとカモシカの上腕骨や大腿骨の区別も難しい。

 他人に説明できる違いがある筈なので、もっともっと骨を眺めまわさなければならない。