今夏、クロアチアに行った時、アドリア海近くの道路沿いの糸杉に目が奪われた。糸杉はゴッホの絵で何度も描かれている木だ。この乾燥した石灰岩の土地に、糸杉だけが力強くどの木よりも高く伸びている。ゴッホがこの糸杉の力強さ、生命力に目を奪われたのも頷ける。
先日、三鷹の女子高校生が殺された。
つきまとい、ストカー行為を受けて学校や警察に相談していたようだ。
殺したのは21歳の若者で、どうやらFacebookで知り合ったようだ。
ぼくも2011年3月に知人に勧められてFacebookに入った。
しかし、Facebookから送られてくる、友達リクエスト、誕生日お祝い、友達紹介、ウォールへの投稿コメント案内などの案内メールが煩わしいので、今は全て配信停止にしている。
その一番は、友達リクエストだ。携帯には、一週間に一度くらい「アドレス変えました、登録願います!」などと全く見知らぬ人からくるが、このようなのはすぐ削除できる。
しかし、Facebookの友達リクエストは一日に何度も来たりする。しかも、多くは見知らぬ人たちだ。
Facebookは出会いの場を提供していることは間違いない。
殺された三鷹の女子高校生も友達リクエストを承認し、その事から交際が始まったのだろう。
ぼくが小・中学校の時なら、ペンフレンドorペンパルと云って、国内外を問わず手紙での交流があったものだ。
スヌーピの飼い主であるチャーリー・ブラウンはイングランドの女の子がペンフレンドだった。チャックにとっては彼女は唯一のペンフレンドだったが、その女の子は30名?のペンフレンドとやりとりしているのでチャックは驚いた。
Facebookでは、自分から友達リクエストをして1日に10名以上の友達になることも可能だ。でも、そのほとんどが外国人のペンフレンドのように全く知らない人たちばっかりだ。
Facebookは大勢の人たちに自分の事を発信したい政治家などには向いているかもしれない。が、たくさんの危険な落とし穴が待ち受けていることも、今回の事件は教えてくれている。
Social Newworkの一つとしてぼくはこのようにBlogで発信している。毎日、200名くらいの誰かが見てくれており、友人になった人たちもいて、一緒に山に出かけたりもしている。あるいは、20年前はNiftyの野生動物フォーラムに加わっていた。そこで情報を交換し合い。オフの出会いがあったりした。そのフォーラムの仲間と今でも年賀状で近況をやりとりしていたりする。
今回の事件は、ストーカー行為から殺人ということまで発展していった。ストーカー、つきまとい行為は片思いの極端な状態で、もうこのような状態になった男や女は理性では判断できなくなっている。この片思いが行きつく先は、自分の思いが通じない悔しさに、相手への恨み、憎しみに変化し傷つけたり殺しにまで発展していく。今回の事件は知り合ったきっかけがたまたまFacebookであったというだけだ。
何故かこの頃このようなニュースを聞くことが多い。どんな出会いに関してでもありうることだが、異性が一方的に他の異性に興味をもち、最後には殺してしまうヒトというサルだけに見られる恐ろしい事件だ。
先日、三鷹の女子高校生が殺された。
つきまとい、ストカー行為を受けて学校や警察に相談していたようだ。
殺したのは21歳の若者で、どうやらFacebookで知り合ったようだ。
ぼくも2011年3月に知人に勧められてFacebookに入った。
しかし、Facebookから送られてくる、友達リクエスト、誕生日お祝い、友達紹介、ウォールへの投稿コメント案内などの案内メールが煩わしいので、今は全て配信停止にしている。
その一番は、友達リクエストだ。携帯には、一週間に一度くらい「アドレス変えました、登録願います!」などと全く見知らぬ人からくるが、このようなのはすぐ削除できる。
しかし、Facebookの友達リクエストは一日に何度も来たりする。しかも、多くは見知らぬ人たちだ。
Facebookは出会いの場を提供していることは間違いない。
殺された三鷹の女子高校生も友達リクエストを承認し、その事から交際が始まったのだろう。
ぼくが小・中学校の時なら、ペンフレンドorペンパルと云って、国内外を問わず手紙での交流があったものだ。
スヌーピの飼い主であるチャーリー・ブラウンはイングランドの女の子がペンフレンドだった。チャックにとっては彼女は唯一のペンフレンドだったが、その女の子は30名?のペンフレンドとやりとりしているのでチャックは驚いた。
Facebookでは、自分から友達リクエストをして1日に10名以上の友達になることも可能だ。でも、そのほとんどが外国人のペンフレンドのように全く知らない人たちばっかりだ。
Facebookは大勢の人たちに自分の事を発信したい政治家などには向いているかもしれない。が、たくさんの危険な落とし穴が待ち受けていることも、今回の事件は教えてくれている。
Social Newworkの一つとしてぼくはこのようにBlogで発信している。毎日、200名くらいの誰かが見てくれており、友人になった人たちもいて、一緒に山に出かけたりもしている。あるいは、20年前はNiftyの野生動物フォーラムに加わっていた。そこで情報を交換し合い。オフの出会いがあったりした。そのフォーラムの仲間と今でも年賀状で近況をやりとりしていたりする。
今回の事件は、ストーカー行為から殺人ということまで発展していった。ストーカー、つきまとい行為は片思いの極端な状態で、もうこのような状態になった男や女は理性では判断できなくなっている。この片思いが行きつく先は、自分の思いが通じない悔しさに、相手への恨み、憎しみに変化し傷つけたり殺しにまで発展していく。今回の事件は知り合ったきっかけがたまたまFacebookであったというだけだ。
何故かこの頃このようなニュースを聞くことが多い。どんな出会いに関してでもありうることだが、異性が一方的に他の異性に興味をもち、最後には殺してしまうヒトというサルだけに見られる恐ろしい事件だ。
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