「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2011年11月9日水曜日

アカンボウに触った!

知人夫婦に突然孫ができた。
娘さんがシングルマザーとなったのだ。
娘さんが倒れて病院に運ばれて、そのまま入院・出産した。
それまでは本人以外は妊娠していることに気が付いていなかった。
喜びというよりも驚きの知らせを受けた。
退院したので、お祝いに出かけた。
アカンボウの居る家は、ただそれだけで昼間のような明るさと賑やかさがある。
アカンボウを身近に見て触ったのは、半世紀以上ものあいだ無かったことだ。
知人夫婦はこれで自分の次の次の子孫が確実にできと喜んでいる。
曾祖母も三重県から、お手伝いとお祝いを兼ねてきている。
不安げな様子でぼくを含む世の中を見る。
ぼくが酒を飲みながらカメラを構えるものだからとうとう泣き出す。 
歯が生えていない歯茎がなんとも奇妙だ。
こんなに小さな足! ニホンザルのアカンボウの足と変わらない?
こんなに小さな手! 
とうとう寝てしまった。 
この子の未来はどのようなものか?

シングルマザーとなった娘さんは、顔つきがお母さん顔になった。
知人夫婦は、このアカンボウを娘さんと一緒にみていきたいと話す。
そう話す、この夫婦が輝いて見える。

ぼくが3年間暮らした、タンガニーカ湖々畔のアフリカの人々は、14、5歳の少女がシングルマザーになると、アカンボウは家族みんなで育て上げる。

おそらく太古の昔から、家族の娘が子供を産んだらお祝いしたのだろう。
アカンボウを産んだ女性をみなで祝福し、
アカンボウをみなで世話をする世の中にしたいものだ。

2011年11月8日火曜日

秋の野菜をもらう!

帰宅すると間もなく、ピンポーンとなる。
慌てて受話器を取る。同じ町内の知人で、一緒にトルコ旅行に行った人の奥さんだ。
夫婦で隣駅の付近で自家消費用の野菜作りなどに凝っている。
食用菊、カブ、小松菜などを持ってきてくれる。
連れ合いが留守なので、カブは洗って、葉とカブの本体そのものを漬け物にし、
食用菊は、大好きな酢の物にする事に決める。小松菜は明日の朝炒めて食べよう。

綺麗な黄色の食用菊、花を毟り取ってしまうのは可哀想。
このまま水に浮かべても綺麗。
でも、それでは新鮮でなくなる。
花弁を花芯から毟り取る。気持ち良いほど、スイ、スーと取れる。 
沸騰したお湯に、塩少々とお酢を少々入れ、上の花弁を鍋に空け、
急いで、かき混ぜ、すぐ、そのままザルに空け、冷水に浸す。
お酢に砂糖を好みに入れかき混ぜ、水を切った花弁を容れる。
ミョウガがあったので上に乗せた。 
これらの工程をウィスキーを飲みながらやる。
上の写真の菊の花の酢の物は、食べ終わった。
しかし、まだ、まだあと4倍くらいある。

酢の物って旨い!酒に合う。

2011年11月7日月曜日

お酒大好きは遺伝だ!

父親は小学校の教員をしていた。
年に何回か、師範学校時代の友人の服部先生が我が家に遊びに来た。
この先生はお袋が女学校を出て最初に努めた小学校の同僚でもあった。
はじめは釧路市内の学校であったが、ぼくが知っている服部先生は当時は郡部と言われた
釧路郊外の大楽毛、桜田の学校の校長先生であった。
親父と服部先生は酒を飲みながら碁を打つのであった。
酒の強い親父が碁では勝っていたようだ。
服部先生は、酔い潰れてそのまま寝てしまうことも何度かあった。
そんな服部先生の家には、小さい時から子供たちで、あるいは家族で遊びに行った。
春の雪が溶けはじめた頃に雪の中から真黄色の花を咲かせるフクジュソウを見に!
あるいは、山菜のアイヌネギやコゴミを積みに! 
サクラの花を見に!

日帰りすることができたので、泊まった記憶はないが、お昼を食べたことがあった。
その中で、今でも鮮明な記憶として残るのは、おばあさんがいつも袋貼りをしていたことだ。
当時、八百屋や雑貨屋で買い物をすると必ず、紙袋に買った物を入れて渡してくれた。
その紙袋は新聞紙であった。
その頃の我が家は、お袋は学校を辞めて幼稚園の雇われ園長であり、
親父は小学校の教員を続けていた。
二人働いているにも関わらず、食事は質素なものでありいつもヒモジイ思いをしていた。
腹一杯食べられるのはカボチャやジャガイモであった。
ご飯は嫌いであった。外米であり、時々小石が混じるので、それが嫌であった。
今でもカボチャやジャガイモは大好きである。覚えていることがある。
我が家は両親と兄妹とカリエスのため我が家に同居していたミッチャン(お袋の妹)がいた。
リンゴ一個を食べるのに、6人で分けてたべた。
ぼくはリンゴの皮と芯をもらった。その方が量が多いからだ。
そういう貧しい時代を、学校から帰ってきて、
すぐウィスキーのオンザロックにして飲み始めたら、思いだした。
親父は酒好きだったが、ぼくのように毎晩飲んではいなかった。
今の時代は、ぼくのような人間でも毎晩飲める時代だ。
今の時代に生きている幸せを感じている。

2011年11月5日土曜日

横浜中華街

今夜は久しぶりに中華街で丹沢サル観察し隊の夕食会だ。
1980円の食い放題だ。
食べた、食べた、食べた。
杏仁豆腐を含めデザートもしっかり食べた。
関羽を祀った廟がある。
中華では、食い放題があるが、和食であるだろうか?
七名の楽しい食事会だった。
明日から又学校だ。

2011年11月4日金曜日

糞は臭うが、、、、

11月2日にアップした、「秋の糞、糞、糞!」の内容物
今日、授業の一環として、持ち帰った糞はどんな内容物なのか水洗いして学生たちが調べました。
臭いと大げさな思えるほど顔をそむける学生もおりましたが、ウンチの匂いは慣れるからと無理やり、押し付けて調べさせました。

水洗いが終わって、内容物を分類する。
同じ果皮(ウラジロノキとヤマボウシ)や、種子を並べる。

 

これらの結果、下の内容物の結果が判明しました。
ハクビシンの糞:①が内容物です。

②が内容物です。

これは、サルナシ種子71個・果皮1、ミズキ種子45個・果皮小片多数、マメガキ種子2個・果皮小片、ウラジロノキ種子1、さらにバッタの足1個ありました。

これはウラジロノキ種子8個、果皮15個

これは、サルナシ種子25個、アケビ種子77個でした。

これは、サルナシの種子が29個とサルナシの果皮1個でした。

今回は、珍しく、同定できない種子や果皮はなかった。
先週の仏果山山頂付近の尾根沿いに行動域を持っているハクビシン、テンは、食物をウラジロノキやサルナシの果実に依存しており、アケビを見つけたテンはアケビを食べて腹を膨らませていたようだ。一方、アナグマは落下物食いなので、サルナシ、ミズキ、まえがき、ウラノジロノキの果実と幅広い。

丹沢の食肉目の動物たちの食物の大半はその時期に実っている果実ということになる。
少し、春から秋のカエルやトカゲは素早くてとても捕まえることができないのかもしれない。
美味しい?カエルやトカゲを丹沢の食肉目の動物たちが食べられるようになるのは、動きが鈍くなる越冬中なのかもしれない。しかし、それでも探し当てるのは難しいだろう。枯葉の下や腐葉土にいる土壌動物たちと、キブシの実食いになるのだろうか?

2011年11月3日木曜日

引地川沿いにイタチ糞を探す!

我が家がある湘南台は北から南に流れる引地川と境川に挟まれた丘陵地である。
20分も東や西に向かって歩くと川にたどり着く。
どちらの川沿いにも、道が走っており遊歩道になっていたりする。
道沿いには遊水地が作られていたり、水田があったり、自然林が残されている場所がある。
「おそらく、イヤ、きっと、否、絶対、イタチかテンはいる!」
と思っている。
昨日は、イタチ糞を探しに引地川沿いを歩く。
昨年からようやく覚えることができたダイサギが魚を狙っている。
この川には大きなコイがいるし、小魚もいるし、アユも登ってきている。
うん?タヌキ! 子猫だ! 
どうして、この子ネコはこのような目でぼくを見つめるのか?
近づくと逃げるが、、、、、。 
やはり、ぼくに不審な目を向ける。
まだ、小さいのにどのような人と接してきたのか?
それとも、ネコとはこういう目付きをする動物なのか?
犬好きのぼくから見ると、この子猫は気の毒な生き方をしてきたと思えてならない。 
うん?シュレーゲルかな?と思ったら、ただのアオガエルだった。
鼻から鼓膜にかけて褐色の横線がある。
あの子猫はこのようなカエルも食べているのかな? 
それとも、イタチやテンが食べているかな?
カラスウリがたくさんぶら下がっている。 
コサギが気取った足取りで小魚を追う。 
今回もイタチ糞やテン糞は見つけられなかった。
きっと、そのうち、、、、と思っている。

2011年11月2日水曜日

秋の糞、糞、糞!

先週28日(金)高取山・仏果山・土山峠の続き
尾根歩きで見つけた食肉目の動物たちの秋の糞です。
これはハクビシンでヤマボウシとウラジロノキ、他を食べたようです。
これもハクビシンの糞で、ウラジロノキとマメガキ、他を食べたようですね。 
これはアナグマの糞で、ミズキの実、他を食べたようです。
ハクビシンがウラジロノキの果実を食べたようです。 
これは、テン糞ですが、何の果実を食べたものでしょう?
(ごめん!イタチ糞と書いてました)
これもテン糞でサルナシを食べたものです。
(これもイタチ糞と書いてました!このところ、頭の中では〇〇と書いたつもりでも実際には△△と書いてしまうことがあり、頭が急速に劣化しています。お気づきのことがあればご指摘下さい。) 
ウラジロノキの実が林床にもたくさん落ちているので、
サルのように目が良いわけではない、ハクビシンやイタチ科のイタチ、テン、アナグマにとっては地面に鼻先をこするようにして匂いを嗅ぎながら落ちている果実を探しているのだろう。
木にに登るよりもその方が見つけやすい?

この頃、ちょっと気になるところが、クマを含む日本に生息する食肉目の動物たちの視覚と嗅覚である。
クマが、アオハダの赤い実を大量に食べるには木に登って食べているはずだが、アオハダの赤い実を嗅覚で感知して木に登り食べているのだろうか?それともアオハダの木そのものが果実が赤くなると特別の匂いを発しているのだろうか?
同じように、ハクビシンやテン、イタチはどうやって、ウラジロノキの実やサルナシの実を察知しているのだろうか?
アナグマは、地面に鼻をすりつけながら歩いているので、嗅覚だけで食物を感知していると考えている。果実を食べる他の食肉目の動物は果実を探索するレーダーはどんなものなのだろう?
とっくにもう判っていることかもしれないが、ぼくには知識がない。

2011年10月31日月曜日

高取山・仏果山・土山峠(続)

28日の丹沢実習の続きです。
キノコがいくつか、これはドクツルタケだ!
高取山へ直登する途中である。
やはり、高取山への途中で、
カモシカの寝床or休息した場所である。
ダニもまるまる太っていた。もちろんつぶして、中は血でいっぱいであることを見てもらう。
これは、ぼくの掌を歩く潰す前のダニである。 
アカモミタケだ!計3本見つけて、持ち帰る。
トン汁の具の一つになった。
他に、ホコリタケとノウタケもトン汁に入る。
手前の尾根を橋のところから登ってくると高取山だ!
仏果山を過ぎてすぐのリュウノウギクの場所
先日の台風による強風で、どこも木々がなぎ倒されている。
ナタとノコを持って歩きたかったくらいである。

いくつか動物たちの糞を拾ったので、今週、学生たち水洗いによる糞分析をしてもらう。
それが楽しみである。

2011年10月30日日曜日

初めての稲刈り

千葉で農業を始めた知人の稲刈りの手伝いに行った。
8時頃から始めた。
この部分を刈って、束ねて竹竿に干した。
はじめて10分もすると腰が痛くなり、稲刈り機が刈れない部分だけを刈るのだが、
大変な重労働であった。それでも11時にはこのように刈り終え、束ねて干すことができた。 
ワレモコウがたくさんさいており、アマガエル、シュレーゲルやアカガエル、
イモリも出てきた。
ガマノホをあり、粘土質の水はけの悪い土地だからこそ
水田ができるようだ。 
植えたトウモロコシが収穫寸前にハクビシンに食べられたようだ。
サル、イノシシ、シカ、キョン、テンなどが野荒らしをしないような工夫をしなければ
ならない。
それにしても、稲刈りは、腰を曲げた状態を続けるので、歳をとると腰が曲がりっぱなしになるのもうなづける。

2011年10月28日金曜日

高取山・仏果山・土山峠

バス停、仏果山登山口に8時半に到着。
バスからぼくらが降りたらバスの乗客は一人もいない。
バスの中で、仏果山登山口から登らないことに決める。
バス停で、地図を広げながらこの厳しい尾根を登る。
女子は登山口から登って、高取山で落ち合おうと云うと、皆厳しいコースを行きたいという。
あの尾根だぞ!
え~、あんな急な斜面登れるの?とにかく、元気な顔で登る前の記念!
今日は、日向は暖かいが、日蔭は涼しいというよりも寒いと思うくらいであった。
昼食を仏果山で食べたが、10分もすると寒いので、
行こう!歩こう!であった。
もう、丹沢は平年の晩秋の気温であった。
尾根は、イノシシの掘り起しがいっぱいだった。
高取山から仏果山の稜線ではハクビシン糞、テン糞を見つけ、仏果山から土山峠の下りではアナグマ糞を見つける。
ともかく、無事、下山した。