「特定秘密保護法反対」
自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。
原発不要・核廃絶
2008年3月12日水曜日
子供の距離感と大人の距離感
2008年3月11日火曜日
二日間だけの流氷接岸
2008年3月10日月曜日
流氷接岸
2008年3月8日土曜日
釧路沖の流氷
子供の頃、朝礼で、「流氷の上に乗って遊ばないように!」と挨拶があった。あるいは「川を流れ下ってくる氷で遊ぶことは危険である」と云う注意があった。
それでも流氷に乗って遊ぶ子供が多かった。流氷に跳び乗るには勇気と瞬発力が必要とされた。滑って落ちれば氷の下の海や川の中である。
そのような子供たちの遊びに大人もいちいち干渉しなかったし、怪我をしたり、死んだりしても親は嘆き悲しむだけで誰も責めなかった。
2008年3月5日水曜日
ギンナンの溜め糞とイチョウの木
一つ拾ったが、あまりの悪臭に捨てた。が、その後異変が起きた。小便をしたあと、何故か異様に陰部が痒いのである。それが銀杏の腐りかけた実を拾ったために生じた症状と知ったのは、陰部がかなり爛れた頃だった。
ギンナンは大好きである。茶碗蒸しに容れたのは無論のこと、封筒に容れてレンジでチンし7、8個パン、バチ、パンと弾けたのを見計らって取り出して、そのまま食べるのも旨い。
教え子のK.K.さんから今年も庭で採れたという綺麗なギンナンが送られてきた。下の袋のギンナンは送られてきたものの一部である。適度に柔らかく美味だ。 山の中でイチョウの木が生育しているのを見たことがない。イチョウは中国原産で、渡来してきてから有に1千年?以上は過ぎているだろう。
ギンナンを植えると翌年には芽が出て実生のイチョウの木を育てることができる。奥湯河原のタヌキは街まで降りてギンナンを拾い食いしてきて、それを糞として排出している。動物たちは果実を食べて種子を排出することで種子分散をおこなっている。
果実のタネの多くは腸内を通過することによって発芽しやすくなるようだ。そのため、木の実のタネを発芽させるには、お風呂の残り湯に一晩浸けておくと発芽しやすいと園芸の本などには書かれている。
しかし、山中でイチョウの木が生育しているのを見たことがない。発芽しかかった時、あるいは腸内で綺麗になったギンナンは今度は別の動物に食べられてしまうのだろうか?例えそうだとしても里山であっても、山中に一本もイチョウの木がないのはどういう訳だろう。
我が家の狭い庭にでもネズミモチ、ピラカンサ、マンリョウ、キューイフルーツまでもが鳥の落し物によって芽生えてくる。山では、実生のイチョウの生育を阻害するどんな要因があるのだろう。
今年始めてのフキノトウとムササビ確認
Yさんは防寒対策に早くも羽毛服、ズボンを着始める。
5時03分:突然、アオゲラがキョキョキョキョッ!とけたたましく啼いて杉の木の幹に止まり、飛んでいく。ウン?穴から出たの?二人ともわからない。
5時55分:もう辺りは真っ暗、前の藪の木がぼーっと白い人が立っているように見える。すでに、ぼくのビデオは2台ともテープが終わったようだ。赤く点滅していたものが見えない。上を見上げると神社の屋根やスギの幹が空にシルエットとして見える。
6時10分:穴がたくさんあるスギの幹にムササビが頭を上にしているシルエットがある。「出た!ムササビ!」と小さな声を出しながら右手で指差す。Yさんは見たかな?と思いつつ、カメラを向けようかどうしようか判断が下せないうちに見えなくなる。5秒くらいも見ていただろうか?
「飛んだ!」と二人同時に声にならないような声をだす。神社の屋根の遥か上を真っ黒な座布団が飛んでいった。
Yさんの話しでは飛んでいったムササビが途中の木に着木して「グル、グル」とムササビ特有の声を出していたようだ。マラリアを何度かやって以来難聴になってしまったぼくには聞き取れず。
穴がスギの木にも神社の軒下にもたくさんあるから、まだ出てくるだろうと待ったが待ちきれず、ミゾレが降り始めてきていたのでビデオを回収し始める。
6時20分:神社の天井を走り、軒下からでるような音がした。その頃はヘッドライトをつけていたので、目は暗闇に慣れず、明かりが届くところしか見えず。
ムササビを確認したことで満足し、山道を下る。これが雨で滑るのと、これほどゴツゴツとした道だったのかと思うほど、ヘッドランプに照らされた道に難儀する。舗装された平坦な道に慣らされていた自分たちを知ることになる。
2008年3月2日日曜日
お祈りをするサル
2008年3月1日土曜日
ドングリの春
奥野林道は雪が凍っており、滑って歩きにくい。馬の背を過ぎて狐の面の岩場が見えるところまで行く。ここから見える蛭ヶ岳や丹沢山の雪に被われた北斜面が見える。
引き返して、松茸山に行くことにする。マメガキのタネが入ったタヌキの溜め糞とテンの糞を見つける。
階段を登る、ここは日向になっている。歩いていると暑いくらいだ。
ミズナラのドングリがまだたくさん落ちている。ネズミたちや、リスもイノシシもサル、シカ、カモシカも今年の冬は飽きるほどドングリを食べたことだろう。
ドングリを登山靴で踏んで潰してしまわないように注意して歩く。
どのドングリの種皮も割れて胚が赤褐色になってむき出しになっていて、根がでて地面に伸びている。
美味しそうだ!南斜面は春。
振りかえって見る蛭ヶ岳の北斜面は寒々しい。北斜面はまだ真冬。2008年2月25日月曜日
零下の世界での想い出
高校以来かもしれない。風呂上りに零下の夜を歩いた。
深々と寒さが刺しこんでくる。鼻水は凍り、鼻の中はもぞもぞする。顔面がなぜかつっぱったような感じ、濡れタオルはすぐ氷つき、広げていたまま板状となる。すぐ車にのる。あと5分も外にいれば、口髭や前髪も吐く息で氷つく。
家に着いて玄関の戸を開けたとたんメガネが曇った。子供の頃、寝る時には、湯たんぽを布団の中にいれていた。その後練炭を入れたカイロを使い、電気アンカ、電気毛布へと変わっていった。湯たんぼの時は、家の構造も貧弱だった。壁には断熱材など使っていなく、窓も二重ではなかった。居間に置いている金魚鉢の水まで凍った。凍った金魚鉢をストーブの近くに置いて氷を溶かした。氷に被われていた金魚は静かに動きはじめた。しかし、たいていは死んでしまった。寝ている布団まで凍った。ちょうどお腹の辺りの掛け布団と息がかかる掛け布団や毛布がバリバリに凍っていた。
しかし、今の北海道釧路の実家では終日、床暖房が効いており、ソーラシステムで部屋を温かくしている。そのため、美味しい漬物をつけることができなくなってしまった。母屋と離れた場所に物置でもない限り漬物樽を置いておく場所がない。この二十数年、実家に戻ってきても美味しい漬物はもらいものか、スーパーで買ってきたものだ。シャリシャリと粗目状の氷が混じったニシン漬け、ハタハタやカレイの飯寿司、大根や蕪の味噌漬や粕漬け、さらにはイカやサケの塩辛が懐かしい。
快適で便利な生活の上で、美味しい味覚を味わえなくなってしまった。
2008年2月23日土曜日
降雪の中のタンチョウヅル
2008年2月22日金曜日
ヒヨドリが、、、。
子供の頃は、明るくなってから暗くなるまで外で遊び回っていたが、その美しい姿を鮮明に覚えている鳥がいる。3月頃、まるでおとぎ話しに出てくるようなカナリアより大きくて頭の毛が後ろ逆立ったような鳥である。2,30羽が一本のナナカマドの樹に群がり赤い実を啄ばむ。当時としては随分近くで見ることができる鳥でもあった。この鳥だけは獲ろうなどという気持ちはおこらず。できるだけ近くで見ていたが、すぐ一斉に飛び去ってしまった。当時は、リンゴ、ミカンなどを鳥に与えるなんていうことは全く考えられず、ただ樹に群がっているのを偶然に見ていただけであった。後で、それはヒレンジャクかキレンジャクだ知った。久しぶりにその綺麗な姿を見てみたいと思っている。
2008年2月18日月曜日
ハマナスの萎んだ果実(続)
2008年2月17日日曜日
ハマナスの萎んだ果実
カメラを持ってイヌの散歩。道路脇に植栽されたハマナスが氷状になった雪に埋もれている。萎んだ赤い実が、子供に採られず、鳥に啄ばまれもせずに残っている。子供の頃の夏、釧路の海岸段丘一帯はハマナスやガンコウラン、フレップ(コケモモのこと)の花が咲き乱れた。 8月上旬には、ガンコウランの黒い実やフレップの赤い実は、ぼくら餓鬼たちのおやつであった。 中、下旬にはハマナスの赤く熟した実を争うように、採集して食べた。
ガンコウランやフレップの実よりもハマナスの実は旨かった。
ハマナスの実を割ると中に細かな毛に混じって黄色い種が入っていた。 種を取った手で、身体の柔らかい部分を触ると痒くなった。 それでもできるだけ多く採って口に放り込んだ。当然、口の回りも痒くなった。
一度、たくさんの実を採って帰った。お袋がそれらを一つ一つ種を取り出し、ジャムを作ってくれた。
今の子供たちはハマナスの味を知らないだろう。
暮れにお袋が倒れたので、釧路にきている。
2008年2月14日木曜日
恐ろしい鹿児島選挙違反事件
警察側がでっち上げた鹿児島選挙違反事件は、冤罪と名付けるのもおこがましい恐ろしい犯罪である。
警察側の一方的なでっち上げによって、平穏に暮らしていた国民がいきなり警察の取調べを受け、拷問にも値するような異様な取調べを受ける。もし、この事件が一人だけを狙い撃ちにしてでっち上げられたならば、気の弱い人なら泣き寝入りしていたかもしれない。
このでっち上げに対して、警察側はどのような謝罪をしたのだろうか?冤罪にしてもロクロク捜査もしないで状況証拠が少しでも似ていれば、警察側の思い込みによって犯罪者にされてしまう。この冤罪は、犯罪そのものが生じているのだから、犯人がいる。
しかし、鹿児島選挙違反事件は事件そのものが発生していないのにもかかわらず、警察側で勝手にありもしない犯罪を作り上げて、その犯人として勝手に弱い国民に白羽の矢を当てる。
このような事件をでっちあげて、国民を犯罪者扱いした警察官には10年間に渡り減給するとかの制裁が必要ではないか。
このような警察の横暴がこのぼくたちの国で起きていることに恐ろしさを感じる。
2008年2月4日月曜日
初氷だが、、、、、
昨日降った雪で、気温が冷やされ零下まで下がったようだ。
スイレン鉢の水に薄氷が張っている。
実に久しぶりに見る庭の氷である。
ここに引っ越してきた30年前頃は、最低気温0度以下の冬が続いていた。
引越し祝いにもらった火鉢に水を容れて金魚を飼っていたが、冬になると凍るので、金魚を部屋の水槽に移し変えなければならなかった。
その火鉢も水を汲み出すのを忘れていたために凍って割れてしまった。
そのような冬が当たり前だった。
当然、ゼラニューム、ベゴニアの鉢やゴムの木の鉢は晩秋には部屋に取り入れたり、サンフレームを作ってその中に取り込んでいた。
それが今はどうだろうか?写真にも写っているが、ここ藤沢市湘南台ではゼラニュームは庭に植えっぱなしでも冬越しできる。30年前、ゼラニュームが屋外に植わっていたのは、この辺りでは湯河原や熱海であった。
地球の温暖化が、私たちの目に見えるスピードで早まっている。
2008年2月2日土曜日
冷凍餃子
冷凍食品をオイシイ、ウマイと思って食べたことがない。
いつも他に食べるものが無いから間に合わせで食べている。
冷凍食品は保存用の食物である。が、その保存は冷凍庫に容れなければならない。
昔からある保存食物には、乾燥されたもの、燻製にされたもの、発酵されたもの、凍らしたもの、塩、砂糖、酢、アルコールに漬けられたものがある。
燻製や凍らしたものは乾燥に類似する。大きくは、乾燥と発酵の二つに分けられるだろう。
日本での乾燥された食物の代表は、切干大根、鰹節、凍み豆腐、麩、湯葉、干瓢などがある。
発酵食品の代表は、納豆や味噌、醤油、お酒、漬物であろう。あるいは、チーズやヨーグルトがある。その他は、キノコや山菜を一度煮て塩漬けにして保存したり、塩鮭にしたり、数の子やタラコを塩漬けにしたり、果実を砂糖漬けにしたり、ジャムにしたり、数え上げればキリがない。
これらの古来よりある乾燥食物や発酵食物は常温で保存でき、冷凍庫のような特別な装置を必要とする容器に納めておく必要がない。さらに、これらの食物は食材が美味しく変身してしまうことである。つまり、乾燥、発酵させることによって保存し、しかも異なった風味の美味しい食物に変えている。
冷凍食品は、上手に解凍して、ようやく美味しく食べることができる。しかし、食品を凍らして解凍しているので、どうしても細かなところで、水分が抜け落ちたり、植物や肉の細胞が壊れたりして、凍らす前の食品の味とは程遠いものになってしまう。将来的には、この事を技術的に解決できるかもしれないが、古来よりある乾燥・発酵による保存食品には到底敵いそうもない。
今回の事件を機会に冷凍食品を避けて、ほんの数十分の時間をかけて家族皆で餃子作りをしてみたらいかがでしょうか?
2008年1月31日木曜日
ノロウィルス
24日(木):カキのバター焼きをした。
25日(金):東京駅前で高校の同級生と呑み会。
26日(土):残り全部をカキフライにした。もちろん食べ切れなかった。
27日(日):カキフライの残りでカキ丼にした。夜中、胃腸の調子が悪く目覚める。痛いというほどのことでもない。胃が少し気持ち悪いかな?という程度。お腹がゴロゴロするので、トイレに行く。下痢だった。
28日(月):次女は何でもないようだ。元気良く仕事に出かけた。こちらは辛いので、午前中からベッドで休む。この日は何も食べなかった。
29日(火):昨日よりも良くなったようだ。ネットでノロウィルスの症状を見る。ノロウィルスにやられたのだ。水を飲むとそのままお尻から水鉄砲のように出る。終日ベットで休む。
30日(水):丸二日間食べなかったので、少しはメタボが改善された筈。夕食にマーボー豆腐を作る。 次女は旨いと言って食べる。こちらは胃が縮小したようですぐ腹一杯になる。
二日間の絶食と久しぶりにアルコールを飲まなかったので、体内の悪いものが排出されたような爽快感!
何故、ノロウィルスに罹ったか?それは、生のカキに触った後、手を洗わなかったせいだろう。ぼくは調理をした後で見た目で汚れていなければ手を洗う習慣が無いことを知った。以後、気をつけたい。
2008年1月27日日曜日
白鵬や朝青龍の強さ
この面に関しては日本のお相撲さんの誰も敵わない。
白鵬の大関琴三喜に対する素早い上手投げ!
あるいは、朝青龍の早さと集中力!
子供の時の外遊びの差がモンゴルと日本のお相撲さんの強さの違いであると感じた。
中学・高校・大学と全国優勝した逸材であろうとも、
幼児から小学校時代の外遊びが足りなければ、最後の勝者になれない。
格闘技の力や反射神経は子供時代の外遊びで身につくものだ。
子供時代の経験の有無は、ピアニストなどの音楽家や囲碁・将棋の棋士にも大事である。
子供が身体全体を使ってあらゆる方面にアンテナを伸ばしている時に、室内でのテレビゲームで過ごさせるのは想像力の無い人間を養殖しているようなもので、日本にとっての不の遺産を抱えることにならねば良いと考える。
2008年1月26日土曜日
梅の花が咲く
2008年1月24日木曜日
備中松山城と臥牛山のサル
岡山県高梁市は城下町であり、臥牛山の山頂には、日本の三大山城の一つである備中松山城がある。22日の降雪で幻想的な雰囲気となった。
この臥牛山天然記念物指定地域内を遊動するサルの群れが生息している。以前は観光用に餌付けされていたが、今は高梁市社会教育委員会が保護管理している。農耕地への出没を食い止めるために僅かながらの給餌をしているが、人との接触が無くなったせいか、ぼくが近づくと逃げ、人を威嚇するような個体が少ない。サルたちの毛の色艶も良く、以前の餌付けのサルで見られたような怪我をしているような個体が非常に少なくなっている。
この教育委員会にはサルの保護管理に専門に携わる若い女性職員がいて頑張っている。


