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原発不要・核廃絶


2019年11月1日金曜日

首里城焼失と恐ろしい記憶   Shuri Castle burnt down and horrible memories.

首里城が燃え、柱が残り、それらが焼け落ちる動画をTVニュースで見た。子供の頃の火事を思い出して身体が震えた。

小学校入学前年(1951年12月2日)に釧路市立病院の火事があった。夜空は赤く染まり、焼けた大きな木が屋根に落ち、親父が屋根に上ってバケツで水を掛けていた。起こされた時は裏の障子が橙色であり、黒い厚手のオーバーを着せられ入学前のランドセルを背負ったぼくはただ歯をカチカチ鳴らして震えながら立ち尽くしているだけだった。そのすぐ後の1953年2月22日に、今度はぼくが入学する事になる高校が火事となり、真っ暗な夜の世界にそこだけが明るく輝き、最後に柱が残って崩れ落ちていく光景が目に焼き付いている。身体の震えが止まらず歯をカチカチ鳴らして焼け落ちる校舎を大人たちと立ち竦んで見ていた。
この子供の頃のこれら記憶を何度も思い出すことがある。火事の記憶と同じように、1952年3月に十勝沖地震があって大勢の人たちが我家があった高台に登ってきたのも思い出す。

首里城の焼失の映像が子供の頃を恐ろしかったことを思い出した。首里城は那覇に数回寄ったことがあるのに一度も見たことがなかった。今年2月の船旅で那覇に寄港するので首里城を見学する予定だったが、エンジントラブルで那覇には寄られなかった。残念でならない。

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