「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2013年8月19日月曜日

涼を求めて雷滝へ  To the Hayato river, searching of coolness.

今日の行動は2、3日前から決めていた。
今日も暑くなりそうだ。
早戸川を遡上しよう。そうすると涼しいだろう。
下着の着替えとズボンの着替え、さらにビーチサンダルをザックに突っ込んだ。
車を出す。走り出して携帯を忘れたのに気が付いたが別に携帯は必要ないので、そのまま
慶応前を走り抜け、裏道から清川村を目差す。
7時を回っているのに通勤の車で渋滞しているわけではない。
まだ、お盆休みが続いている?
清川村のコンビニでお昼の買い物をして、一路早戸川林道へ。
早戸川林道も思っていた以上に車が少ない。
もう、夏休みは終わったようだ。
魚止め橋を過ぎて、砂利道をいく。ヘヤーピンカーブに春日部ナンバーの車が停まっていた。
ぼくは、そのまま戻り、いつものところの日陰に駐車だ。
GPSをセットして、歩き出す。一人で歩くときは学生実習とは違うのでゆっくりだ。
自分の好きなペースで歩く。
山用の帽子を今朝落としていった人がいるようだ。良さそうな帽子だ。折りたたんで大きな石の上に置く。久しぶりの早戸川だ。もしかして2011年8月に植物の人たちと花探しに歩いて頭を怪我した日以来かな?
(これは間違いだ。昨年の7月30日に雷滝まで行き、しかも動画でアップしていた)
ともかく、あれから朽ちている木の橋などがどのようになっているか?
明日、アップしたいがほとんと変わっていない。
雷滝への最後の渡渉は水が少ないせいか飛び石で渡れた。
雷滝ではすぐ、パンツ一枚になり、ビーチサンダルを履いて滝壺に入る。
5分と水の中に入っていられない。足が冷たくた痛いほどだ。
空模様が悪くなってきたので、帰ることにする。
歩きはじめて10分もしないで、良く目立つ赤・黄・青の衣装を着たペアの若い登山者と出合う。
さらに、丸太の橋があるところで高年の登山者がタバコを吸っていた。
伝道で、再びパンツ一枚になり、川の中に横たわる。
完全に身体が冷えたようで、置いた車に辿り着くまで汗が出なかった。
行きに見つけた帽子は広げられて置かれてあった。
ヘアーピンカーブの車はそのままあり、
ぼくが車を置いたところには相模ナンバーの赤い車と原付バイクが3台あった。
あの帽子は春日部ナンバーの車の人のものだろう。
出合った若い男女ペアは赤い相模ナンバーできた登山者だろう。

ドブロヴニク②

ドブロヴニクの続きである。
城壁内の住宅、洗濯物が掛かっている。 
 下を見ると城壁内のカフェーが見える。
 窓辺に花を飾る。 
城壁の外の海岸にカフェーがある。
ここはどこから入っ(出)てくるのか?
城壁歩きは登ったり下りたりが続く。
でも、城壁内を散策しているよりも抜群に涼しい。
城壁内外の住宅では、ブーゲンビリアを植えている庭が多い。
当時の大砲がある。海からの敵の船をこのような大砲で撃ったのだ。
命中率はどのくらいだったのだろう。
何故か、霧が立ち込めてきた。観光客はその幻想的な景色に見とれる。
城壁内が霧で覆われ始める。

島の裏側がヌーディストクラブのビーチになっているという島は、もうほとんど霧に覆われている。
霧が近づいてきて、なんとなく浮き足立つような感じ。幻想的だ。
とうとうこんなにも霧で覆われた。
でも、まだまだ歩く。でも、2時間あまりの城壁ハイキングであった。
歩いてきたところの説明を受ける。
これから、城壁内の旧市街を歩く。温度は30度を越えている。
城内では商業が発達したようだ。特に布の商いが盛んだったようだ。
疲れと暑さで休んでいる環境客のお尻の下に布の基本単位がある。
肘から指の先までの基本とする長さがここに示されている。
買ったものが騙されていないか、ここのスケールに合わせて真偽を確かめたようだ。
城内の旧市街を歩いた後、旧市街の全貌を見渡せる高地にいくことになった。
貸切の大型バスで行き。見渡す。もう、ガスも消えた。
なんか、周りには不思議な植物が、、、。
この種子穂をもった羽状複葉の木は?
ここにもヒメギフチョウのようなアゲハが、、。
シャリンバイ?
ケーブルカーで下まで降り、そこから岸壁のレストランまで歩く。
ノーゼンカズラが懐かしい。
シーフードの昼食。
この昼食が、クロアチアで一番美味しかった。
記憶に残っているのは何故か、魚や貝のリゾットやイカ墨のリゾット、ムール貝のバター焼き、小魚の空揚げだ。
が、ここで財布を置き忘れる。
クレジットカード、免許証、保険証、銀行のキャシュカードが入っていた。
クロアチアの旅行はこれから、スプリットに一泊、ザグレブに一泊と貸し切りバスで北上します。
帰国後、皆でまっすぐ蕎麦屋へ。






2013年8月18日日曜日

ヤマドリの頭骨 The skull of a copper pheasant.

今年専門学校を卒業したY.Matushima君と丹沢を歩いてヤマドリの死体を拾ったことは5月25日アップした。ヤマドリはテンに襲われて死んだものと思われ、新鮮な死体なので、Y.Matushima君が持ち帰りすき焼きで食べた。
その後、ヤマドリの頭部を彼から貰い受け、それを昨日まで水に浸けておいた。
しかし、こんなに暑い日が続くのに腐敗がすすまなかった。
昨日は意を決して、頭骨を取りだし、ピンセットを用いて、腐っているが、
剥がれない部分などを取り除いた。
それを1日日陰で干した。
 
中央左の小さな鳥の頭骨は昨年take隊員からプレゼントされたホオジロである。
実は、バラバラになった細い骨がどの部分のものか完全な頭骨のホオジロのものと
参照して組み立てようとホオジロの頭骨を引っ張り出したのだ。
 上の嘴がどのように接するのかちょっと判らないままで、仕舞い込んでしまった。

鳥は、哺乳類の食肉目の動物に食べられたとしても、このヤマドリの例で解かるように
頭をほとんど手つかずである。
ホオジロくらいならテンやキツネに丸飲みされる?だろうが、頭骨は非常に薄く割れやすいので
彼らの糞の中に、頭骨の破片がでてきても何の鳥を食べたかは同定するのが難しそうだ。
 
鳥の仲間の頭骨は哺乳類とは違って、①眼窩が頭骨の半分くらいもある。
②頭骨が薄く、前顎骨が嘴となっている。
①から鳥は目の動物である。②から飛ぶために骨を軽くしている。嘴は歯と唇を兼ね備えたものであると当たり前のことが考えられる。

2013年8月17日土曜日

城壁の旧市街の街、ドブロヴニクで①! Dubrovnik, the street of old intown surounded with wall①.

ドブロヴニクのホテルでバイキングの朝食を取り、貸し切りバスに乗って旧市街地に行く。
門の前の広場には、朝9時なのにはやくも多くの観光客だ。
現地ガイド中央と、ザグレブの飛行場からずーと一緒のガイドのドミニクさんに従う。
タイサンボクくらいの大きな固い葉の木があった。何だ?
 城門は外敵が来たら絞められ、城壁の外と内とが隔てられる。
門の内側の左右の鎖に鉄玉が下がり、木の門を引き上げやすいようになっている。 
 何故かいたるところにこの黒っぽいハトがいた。
ネコもいた。
 右の現地ガイドの説明の後、ドミニクさんが日本語で説明。
ドミニクさんは母親が日本人。
 凄い数の観光客が城門内にいる。


 蜜柑、オレンジがなっている。採って味見したいがハシタナイのでやめる。
 欧州からの団体さん、ガイドさんは旗を持って歩いていた。
この中央の狭い幅の階段を登って城壁の上を歩くことができる。
それには、手前でチケットを買う。
チケットを買ってもらって入場だ。 
階段途中から下の広場を見る。
こんな狭い階段を、甲冑に身を固め、武器をもった軍人たちが昇り降りしていたのだろうか?
暑くて、ゆっくり登っても汗だくだ。 
城壁を歩きはじめる。
城壁内の家。
下の広場を見下ろす。
城塞が正面に見えてきた。 
城塞はコバルトブルーの海に浮かぶ。
城壁を一週することにする。
城壁の上を歩く観光客。
城壁の幅が薄いところは2メートル以下、歩くところは6,70センチか?
煉瓦を積み重ねて作ったものだ。中国は西安の城壁の厚さは10メートル以上にもなる。
海上からの敵を防御するか?あるいは陸上からの敵の攻撃を防ぐかによって厚さが異なるのか?
コーナーにはこのように海に突き出したところがあり、突端の丸い帽子の要塞は小さな小窓があり、そこから外敵を狙う。 
土産物店があり、ブドウ棚で陽を遮っている。
このブドウの木は10メートルも伸びているのかな? 
若い女性が好みそうな小物が売っている。
もちろんどれも手作りだ。