「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2011年3月11日金曜日

伊勢沢林道から奥野林道へ

昨日は、矢部さんと久しぶりに丹沢へ
水沢橋を渡ったところに駐車したのが7時過ぎ、何だか頬がひきつるような寒さだ。
伊勢沢林道を歩きはじめる。先日、融けた雪が凍ってすべる。
華厳山でダンコウバイの花を撮らなかったので、花を求めたが、固い蕾だ。
フサザクラもまだ早い。
音見橋の辺りで全身に朝の陽の光を浴びる。温かい。
スミレさえも見当たらず。
予定を変更して、奥野林道へ行くことにする。
スギ林の斜面を沢までくだる。沢を石伝いに渡って、対岸の斜面へ。
スギ林の斜面を小沢沿いに登り、スギ林の尾根に出て奥野林道まで下る。
すぐ下が奥野林道だ。
GPSの記録では、伊勢沢林道から奥野林道まで20分だ。
春なら、沢でお茶にしたり、花々を眺めたりして楽しむ。
この場所は「秘密の花園」のようなところだ。
この日は、素通りだった。
少し下って、振り返ると蛭ヶ岳がすぐそこに見える。
松茸山でお茶にして、下る。
ダンコウバイもフサザクラもまだ早い。
やまぼうしさんに教えてもらった福寿草はすばらしかった。
子供の頃の釧路の原野の記憶を思いだした。
フクジュソウはじめじめした湿地のような場所が好きなんだ。
GPSの軌跡である。
そうそう、伊勢沢でカーブミラーにサルのフィールドサインがあった。
この辺りに馬の背群と名づけた10頭にも満たない群れがいたのだが、この4,5年見当たらなくなった。

2011年3月10日木曜日

ジャケツイバラの樹皮を食うカモシカ

先日の野生生物探検隊の集まりで、歩いた尾根で
ジャケツイバラの食痕があった。
ジャケツイバラは花は黄色の素敵な花であるが、真夏の薄着の時期にこのヤブに突っ込むと悲惨である。腕も足も大きく尖ったトゲで鉄条網にやられたようになる。
この幹にももちろんトゲがある。それをカモシカが樹皮食いをしていた。
マメ科なので動物にとっては美味しいだろう。で、トゲで防衛していたのに、それをものともせず齧り取ったのだ。
シカの下顎の第一切歯の幅は乳歯でも5ミリ以上ある。
この食痕は、顔を横に曲げて下顎を右から左に動かして樹皮を咬み取ったのだ。
その歯の幅は2~3ミリである。
これは、カモシカの食痕だと断定できる。
サルはクワ科とマメ科の植物の樹皮、冬芽や花が大好物だ。
でも、ジャケツイバラの花や樹皮、冬芽も食べたのを観察したことがない。
このジャケツイバラを食べることができる哺乳類がいるとは驚きだ。
もっとも、アフリカではやはりトゲの鋭いアカシアの仲間を反芻類が食べている。


2011年3月9日水曜日

御門橋・華厳山・鞍部・法論堂林道・坂尻のルート

昨日のコース
①:サルを見た場所。
②:最初の熊棚があったところ~③まで熊棚が三箇所にあった。
③:秋葉山の祠があるところ。
④:ツバキの木にリスの巣があったところ
華厳山でお昼を食べ、雪景色の記念撮影
⑤:華厳山と経ヶ岳の鞍部から林道に降り、林道から沢沿いに⑥まで歩く。
この間、GPSの入ったザックは鈴木さんの車によって林道を⑤から⑦まで運ばれる。
坂尻手前でザックを受け取り、バスに乗り、途中でスイッチを消す。
さまざまな熊棚
秋葉山の祠
華厳山で皆一緒に!
鞍部からショートカットして降りてくる。
ここから少し林道を下って、沢沿いの道に入る。
皆様御苦労様!

野生生物探検隊の華厳山

昨日、野生生物探検隊の御門橋からの華厳山までの尾根歩きがあった。
丹沢の上部は雪だ。
眼下を見ていた人たちがサルを見つける。
見ると、下の畑を子供を持ったサルが移動している。
レンズを望遠に取り替えた時にはもう見えない。
が、100メートルくらい離れたこちら側の斜面の木が揺れる。
サルだ。撮る。遠い、しかも手前の木が邪魔だ。
マニュアルにしてピンを合わせようとするが、揺れてダメ。
左肩を立ち木に当てて安定させるが揺れる。
皆は行ってしまうし、気持ちが焦る。
6枚撮ったうちの一枚だ。
群れに接近している12歳前後のオスだ。
上の写真を拡大切り取りがこれ!
途中から、木立の中を雨のように湿った雪が落ちる尾根を歩く。
華厳山で、お昼にする。

経ヶ岳と華厳山の鞍部から法論堂林道へ向けてシカ柵を左に見ながら下る。
さらに、もう一つショートカットの道をヤマボウシさんより教わる。

2011年3月6日日曜日

清廉潔白を他人に求める!

日本人は清潔好きだと言われていた。
それが現在は、さらにそれが進んでいるようだ。

ぼくは、小学生の通信簿には、いつも爪を切る,
床屋に行くなど成績よりも衛生面の事が書かれていた。

雪合戦で、ホカホカの馬糞をつかんで投げたことから馬糞という
輝かしいアダナを付けられたこともあった。

冬、遊んでいて手が冷たくなったら、
友人の馬屋の馬糞の山に手を突っ込んで温まった。

もちろん、床や地面に落としてしまった食べ物は拾って食べた。
もちろん、腹を痛くするのは日常茶飯だった。

そんな不衛生な生き方をしてきたことが、
途上国にサル調査へ行って
同行の者たちが下痢になったり、薬の世話になるものがいても、
ぼくは慣れているせいかそのような食中りに合ったことがない。

さて、今の日本の世相は一体、自分個々人をどうだと思っているのだろう。
他人に対して余りにも厳しい批判をする。

精神的に追い詰められて事件を起こした人々を
その起こった事件の上っ面だけしかみないで、攻撃する。

国会は政策論議などない、
互いに相手のミスをつくことだけに終始している。

自分のことは棚に上げて、
揚げ足取りの日本人ばかりになってしまった。
清廉潔白な人ばかりなの?

間違っても良いじゃーないの!
汚れた人や、不健康な人がいる方が正常な世の中なのに、、、、。

自分たちの回りだけは、国会だけは、
「正しい」こと、「清い」ことを目差して、
一億総ヒステリー状態になって息苦しい世の中を作っていく。
上は、1967年当時の奥湯河原にある天昭山神社境内に出てきた、箱根T群。
中央はボスのジローの雄姿。
この場所は今もほとんど変わっていない。
変わらない場所って良いものだ!

2011年3月2日水曜日

テンMartenの糞の内容物に、、

華厳山までの尾根上にいくつかタヌキのタメ糞やテン糞があった。
その内容物には、ほぼ全てキブシの種子が混入していた。
が、見ただけで、土壌動物?を食べたものと判るテン糞があった。
もちろん、4分の1くらいをビニールの小袋に容れて持ち帰った。
カマドウマの足やムカデの外骨格と思われるものがあった。
しかし、このテン糞の大半は小鳥のものと思われる羽毛と足である。
左にカマドウマの足、右に小鳥の爪と足先がある。
下や周りには羽毛だ。 
鳥や節足動物だということが判るだけだえ、種は同定できない。
動物たちが何を食べているのか?詳らかにはできないもどかしさがある。
しかし、このテンはまったく果実を食べていない。
恐らく久しぶりに美味しい小鳥を食べて満足したことだろう。

丹沢山麓の裸地は昆虫も棲めなくなるだろう。
そうなるとテンたちの餌不足をもたらす。
丹沢の昆虫たちは以前と比べてどうなっているのだろうか?

2011年3月1日火曜日

シカSika deerを撮る!

半原越えから法論堂へ下る途中、Yさんがシカを見つける。
4頭のメスグループだ。
お前たちこっちに逃げて来たんだ、良かったネ!
まず、45ミリ標準装備のレンズで、真ん中にいるの分かるかな?
急いで、100-300ミリズームに取り替えて、300ミリで撮る。
お尻の白い毛が目立つ。
まだ、若いメスだ。
この個体だけが動かず、こちらを凝視している。
他の3頭は華厳山の方へ行きかけている。
なんと、5分間くらいこうやって写真を撮らせてくれた。
ぼくらは大満足で、坂尻まで走る、走る。 
野生動物の保護管理は難しい。
シカは植物を食べ尽くす。シカの天敵はヒトだけだ。
オオカミがいなくなってしまった現在、ヒトが間引いてやらないと、山の植物を食い荒らしてしまう。
しかし、猟銃でシカを撃つのは気がひける。
丸山直樹元農工大教授の提案するようにオオカミを放す?
この斜面にも彼らが食べられるような下草は無い。樹皮を食べるよりないだろう。
一平方キロあたりどのくらいの頭数で下草がなくなるのか?
一日当たりのシカの採食量を調べた研究もあるのだろう。
シカの採食量と糞量とも実験的に研究されているだろう。
どんな論文、報告書があるか知りたい。

ともかく、新しく買った一眼レフで始めて野生動物を撮った。
手持ちだが、ブレは少ない。

2011年2月28日月曜日

下草が無いのは、、シカ?

シカ柵の扉を開けて尾根に出ると、下草が無い尾根や斜面となる。
これはシカが根こそぎ食べてしまったからだと、説明されている。
ぼくは、北海道釧路生まれだ。牛や馬が柵に囲まれた狭い牧場で飼われていたとしても、杭の周りの草は食べられていなかった。
しかし、ここでは、木の周りはもちろんのこと全く、草が生えていない。
同行のYさんは、「除草剤を撒いたようだ!」と驚いている。
松枯れ!で倒れた木に混じって、松でない木も枯れて倒れている。 
このように下草が無いと梅雨の時や台風の時の降雨で、山が崩れてしまうだろう。
一方、青々とした芽生えの木がある。
ジンチョウゲ科のオニシバリとクスノキ科のシロダモだ。
シロダモだけの森になるかもしれないと思うほどだ。 
このような景観を作ったのはシカ?なので、シカの個体数を間引くための猟が行われていた。
ビーグル犬が走り回っていた。
本当に、シカがこのように下草がない東丹沢の景観を作ったのだろうか?
釧路はエゾジカが増えて、シカ肉のステーキなどの料理もレストランで出されている。
が、春や夏に塘路や阿寒の山を歩いた限りでは、丹沢のような下草が無い状況にはなっていない。

ぼくはスギ花粉症が10年くらい前から出るようになった。釧路に居る妹はシラカバ花粉症だと言う。娘はソバアレルギーのようだ。植物があってこそ動物は生きていけるのだ。その植物を悪玉にして、本当の原因を調べていない対処療法医学。
山の下草が無くなったのはシカが食べつくしたとする説明。本当にそれが原因?
1970年代には丹沢の山枯れは首都圏の汚染された空気が舞い上がり、雨とともに降り注ぐ場所が丹沢だと説明されていた。70年代よりもずーと多くの車が走り、経済活動も高くなっている筈。
この大気汚染説はどうなったのだろう。
確かに、70年代に比べ、川は綺麗になり、奇形魚も見なくなった。
しかし、排出された汚染物はどんどんこの大地や海や空気に含まれて溜まっているには明らかだ。

2011年2月27日日曜日

スギ花粉にまみれて!

昨日は、本厚木8時40分発宮ヶ瀬行きバスに乗る。
登山者で満員である。山ガールもいる。
宮ヶ瀬行きのバスが混むようになった。嬉しい。

御門橋で下車したのは「丹沢サル観察し隊」のメンバーだけ
御門橋を渡り、50メートルくらい歩いて左の舗装された農道を行き、
道なりに尾根に取り付こうとしたら、シカ柵だ!
「開けたら閉める」と書かれた扉があり、鎖を外して入る。
柵に沿って左に行けば良かったのに、右に巻いて、杉林を尾根を目差して登る。
すぐ尾根にたどり着き、そこからは退屈と思われるほどのわずかな登りの尾根道だ。
鼻水がひっきりなしでる。
ひどいスギ花粉症の症状となる。
凄い埃だと思っていたのがスギの花粉であることがわかる。
登山靴もスギの花粉で緑灰色になっている。
ぼくだけがマスクを持っていない。
華厳山の手前が急斜面で両手を使って登る。
ビーグル犬が2頭やってくる。
シカの間引きのための猟をしていることを知る。
経ヶ岳で休んでいると二組の登山者に会う。
若いカップルの登山スタイルは、スパッツに半ズボンである。
半原越えから坂尻までのバス停までいつものことだが長い。
ショートカットの山道を見つけたい。
途中で、メスジカ4頭に出会う。
望遠300ミリをつけて撮る。
途中から小走り状態でバス停を目差し。
間に合う。
本厚木駅前の居酒屋でビール、焼酎を飲み、中華街で皆と合流する。
いろんな酒が混ざったため、少し二日酔い状態だ。

2011年2月25日金曜日

ピンクの沈丁花が咲き始める

昨日の夕食後、確定申告書を書き込む。
いつもはもっと早くに提出していたのに、すっかり忘れていた。
ぼくのは数箇所からの給与や報酬などの源泉徴収票の所得を書き込み、
国民健康保険や生命保険会社への保険料を書き込む。
あとは、電卓でチョイチョイとやるとすぐに税金額出てくる。
今年も還付金が出たが、これは健康保険料や市県民税のために使えない。

税務署の申告書受付のためのプレハブの仮小屋は空いていた。
このくらいの時期の方が空いているのかな? 
連れ合いのものと2つ出した。別に本人ではなくても良いのが分かった。
温かい、コートがいらないくらいだ。
なんとなくホットした気持ちがするから不思議だ。
帰宅して庭に出たら、ピンクの沈丁花が咲いていた。
白いのははまだ。
白い沈丁花が咲くといよいよ本格的な春だ。
明日は、「丹沢サル観察し隊」の新年会、辺室山を唐沢林道の途中から
皆で登って土山峠に出ようかな?
サルがいそうなのはもっと集落に近い所だね。
その後は7時半から中華街で食事会だ。