定年がある人、あるいは仕事を辞めることができる人はある意味で不幸かもしれない。定年後、何故かこれまで仕事で貯えてきたモノそのものを捨て去ろうという人たちがいる。
あれほど情熱をかけて貯えてきたものを手放し、ともかく身軽になりたいようだ。
手放すことで新たな自分の人生、生き方を求めている。
しかし、ぼくから見ると、すすんで枯れ木になろうとしているかのようだ。
再び春が巡ってきて新芽が膨らんで、花を咲かせることはないのだ。
常緑樹のように葉を残していて、あらたな芽生えを促したら良いのにと思ってしまう。
せっかく身につけた、知識や技術を社会に還元しないのは、あるいは、できないのは社会にとっても不幸だ。
定年がない人、リタイヤできない人は、身体が動かなくなった時が定年であり、それまで仕事を究めようともがく。










7時57分:伐採小屋を過ぎて二度丸木橋を渡り、雷平から左側の道(右の道は雷滝へ)に入って過ぐ再び丸木橋を通過。
8時38分、沢を詰めてきて左を見ると大滝が見える。












日向にリンドウが咲いていた。
時代によって、生まれ育った地域によって郷愁を覚える風景も異なったものになるだろう。
早くも咲いている水仙
朝食後、出かける前の集合写真 



宿泊している家を出ると、すぐ廃道になったような踏み分け道を登る。木の枝や竹が倒れて覆い被さる。ようやく登りきったかと思うと、サル防御用の電気柵がある。戸を開けて平な道をいくと、つるつる滑る坂道が各所にある。
