右側にあるのは、金沢八景駅の上りのホームである。
若い女性がホーム沿いにある細い道(橙色の盲人用の案内板が続いている)を歩いている。
野島の方の風景は八景島シーパラダイスの開発によって様変わりした。
駅前は個人商店が立ち並ぶために駅前開発ができなかったのだ。
学生の頃、文学部の教授が飲んでいるのを見つけて、その席に割り込んでお酒を飲ませてもらった赤提灯があり、授業をサボって友人たちと駄弁っていたフルーツパーラもそのまま残っている。
線路下をくぐる狭い地下道を通ると学校へ通う細い道がそのままだ。
なんと、2軒の藁葺きの家までそのままだった。
当時の記憶が鮮明によみがえる。
涙が出そうなくらいに懐かしくなるのは何故なのか?
方丈記の一節に
行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず
淀みに浮かぶ泡沫は かつ消え かつ結びて 久しくとどまること無し
世の中にある 家と住処も これに同じ
さらにその後の平家物語でも
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 沙羅双樹の華の色 、、、、
さらには、方丈記を意識した芭蕉の奥の細道で、
月日は百代の過客にして、行き交う年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、、、、
中学の国語の時間に上の一節や枕草子の一節を何度も読まされた。調子が良いので覚えている。
55歳になった頃かろから、片雲の風に誘われて 漂泊の思いやまず、、、という文章が突然頭の中に浮かぶ。
そういう精神年齢になったのだと思っている。






























