「特定秘密保護法反対」
自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。
原発不要・核廃絶
2008年11月24日月曜日
秋の丹沢サル調査(続)
2008年11月23日日曜日
秋晴れの中の丹沢サル調査
四班に分かれてそれぞれのコースを歩く(詳細な報告は後程、ホームページにアップ)。
ぼくらが歩くコースは下の写真の山稜である。
尾根に取りつくのに1時間以上かかった。

さらに、稜線は風が少々強い。
が、この紅葉が爽やかな気持ちにさせてくれる。

すぐ近くでクマ捕獲檻に小熊が捕まっているが、小熊よりももっともっと大きかった。
すぐ、双眼鏡で見なかったのが悔やまれる。


サル調査の方は事故もなく、無事終了し、夜は食事会を楽しんだ。
2008年11月21日金曜日
実のなる嬉しさ
2メートルくらいに切り詰めているのが良いのか、毎年、たくさん実をつけてくれる。

このユズの実を冬至の日には隣近所の4件に配っている。ユズの実をたくさん入れて風呂に入ると何故か豊かな気持ちになれる。
故郷の釧路ではユズが売りに出されると、キャベツや大根、ニンジン、ミガキニシンなどのニシン漬けの中に入れたり、ハタハタやカレイ、あるいはサケなど飯寿司を漬けるときにもユズを刻んでいれる。あるいは、お正月に食べる雑煮にユスの皮の2、3片入れる。茶碗蒸しにも上にチョンと乗せる。
ユズは料理のつまとして重宝される。
が、ぼくは昨年あたりから、この時季に重宝しているユズを取り払って、レモンを植えようかなと考えている。酒好きのぼくにとっては、レモン汁で割った焼酎やウイスキーを楽しみたいからだ。ユズの枝にレモンを接木してみようかな?成功するとユズもレモンも収穫できる。
2008年11月20日木曜日
山歩きで骨(死骸)を見つけるには
もっと腐るのを待とうと数週間後行くと、豪雨で全て流されてしまっていた。

2008年11月19日水曜日
骨は成長の結果を表す
ヒヒ属PapioはニホンザルやカニクイザルのMacaca属と一番近い関係にあります。

2008年11月18日火曜日
フクロモモンガ(Petaurus breviceps)
側面からみると、下顎の第一切歯がすーと伸びているのがわかる。
また、上顎の第一切歯も大きい。

ネズミ仲間では、第一切歯と臼歯の間には一本の歯も無い、つまり、第二・三切歯や犬歯が無い。
しかし、コヤツはなんだかたくさん歯が並んでいる。
見ていて、これはモグラ(食虫)目の歯とすごく似ていることがわかった。モグラの仲間もフクロモモンガのカンガルー(有袋)目も哺乳類の祖先から枝分かれした後もずーと祖先の形態を残しているのだ。
さて、上から見た頭骨を見ると、右の眼窩の上の前頭骨が陥没し、右の頬骨弓も欠如している。この個体はペット屋さんで飼育されている時に、何らかの大きな力で右目付近を強打されたために死亡したと思われる。
今月に入ってから続いていた不調も、かなり快復してきた。この半月は鼻水が酷くて血圧が高いという状態が続いた。鼻水を止める薬を内科でもらって飲んだがそれがまた聞き過ぎて、唇や歯茎などの口内炎となり、薬を止めて4日目、ようやく口内炎も落ち着き始めている。山にも行けず、アルコールを飲みたく無い日まであった。そもそもの不調の始まりは、走ったことにより、膝痛が生じたことだった。
週末は秋の丹沢サル調査である。参加者は14名。サルに会えると良いのだが、、、。
2008年11月16日日曜日
秋雨の日
前の家の垣根から駐車場へはみ出している柿の枝においしそうな大きな実がついている。
ぼくがカメラを向けていると、車をとりにきた夫婦が大きな柿ですねぇーと感嘆の声をあげる。
小雨がレンズに落ちてくるので、すぐ戻ってきた。
前の家の持ち主は、この町内でも唯一の代々この地に住んでいる人である。
広かった土地は、切り売りしたのか貸しているのか駐車場やマンションとなっている。
我家の前はキャベツや大根の畑であったが、今は調剤薬局と駐車場となっている。
畑があった時は、畑を耕す時にはツグミやシロハラ、ムクドリなどがやってきてミミズやら虫などを啄ばんでいた。
田舎も都会も地面がコンクリートやアスファルトで覆われてしまった。
雨が降って地固まるなどということは無くなってしまった。
雨が降っても大地に雨は吸い込まれず、コンクリートやアスファルトの表面を流れて下水道へと流れていく。

日本のように雨の多い土地柄では、畑作地や森林が自然の水の循環システムを作り上げていたのだらから、再度、農業を復活させ、コンクリートで固められて死んでしまった地面を生き返らせるのが緊急の課題だろう。
特に、今は食の問題で我が国の農業が考えられている時だ。
政治はこの農業問題に対して、もっともっと表立った動きをして良いと思うのだが、、、。
2008年11月14日金曜日
動物園はやはり見世物小屋か?
これ以上に旭川の旭日山動物園の方が年間入場が多いなんてちょっと信じられないくらいだった。


日本に生息する哺乳動物を10種類以上展示しているのは、上野動物園に限らず日本の動物園では皆無と言って良いほどだ。
2008年11月13日木曜日
春と間違えた?
2008年11月12日水曜日
人生100年にむけて!
このオスは、前年まで、前脚、後脚や背がくの字に曲がって馬ノ背群について歩いていた。
木にも登り、走っている姿もみた。
恐らく、冬を越したが栄養不良で3月くらいにでも息絶えたと思われる。
推定、30歳近いかあるいは越えていると思われたオスである。

しかし、この頭骨ほど重く、分厚い骨でできたニホンザルの頭骨はもっていない。
今日、3人の知人から「喪中のための欠礼」のハガキが届いた。御両親が亡くなったようだ。皆、90歳を越えて亡くなられている。
我老母は91歳で、歩くのが精一杯で走ることなどできない。
我父も90歳で逝った。
お袋も親父も入れ歯の助けがあればこそ食事をたのしめる。
親父の火葬後の骨は僅かであった。お袋は親父以上に痩せ衰えているので、骨が脆くなっていることは明らかだ。
ヒトは、歯が全部無くても、内臓が衰えても、免疫が不全になっても、骨が崩れる一歩手前までいっても様々な助けによって生きていける。
野生のサルは、歯が欠けたり、磨耗したり、脚の関節が痛くて足腰が曲がってあるいても、骨は堅く充実しており、木に登ったり、走ることさえできる。
上の頭骨の持ち主のオスザルは恐らく前年の厳冬期にこの歯では樹皮を剥いて食べるにも歯痛が大変だったろう。食べられなくなって栄養失調で死んでしまったのだろう。野生ザルにとっては歯が命である。
人生100年だと云う。
ヒトは、野生ザルとはちがって、老人にあった食事を摂ることができる。
病気にさえならなければいつまでも食事を摂れる。
食事をとっても多くのの器官が機能しなくなる老衰がやってくる。
残り40年をできるかぎり外を歩き、若者に伝えるべきものをもつようにしたいものだ。