「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2013年11月1日金曜日

野生生物探検隊の会合、先ずは釣り The meeting of Wildlife Expedition, Firstly, Sea Fishing!

真鶴駅前8時集合が、7時ちょっと過ぎに着いてしまった。
竹蔵丸が係留されている港に向かったが、真鶴港にはない。
真鶴半島を一周することになった。信じられないような鬱蒼とした森だ。
このような森があるから半島周辺は魚が豊富なんだ。
7時47分着の熱海行きの電車がとまり、やまぼうしさん、sakaiさん、isa隊員、k-ta隊員が下りてきた。全員がYabeさんの車に乗れないので、みなさんに福浦港まで歩いてもらう。
ぼくはYabeさんの車で福浦港に行く。
竹蔵丸がある。
take隊員が一人で汗だくになりながら動き回っている。 
take隊員の釣り針とテグスの結び方の速さに驚く。
ぼくも小学校の頃から釣り針とテグスの結び方を覚えたが、一本結ぶのに3、4分はかかる。
take隊員は、竹蔵丸という釣り船の船長なので、もう、あーと云う間にやってのける。
皆さんもやってくる。
船長のtake隊員がロープを引いて船をできるだけ寄せ、女性たちを船に乗らせる。
一応、竿や仕掛けや餌のことを聞き、船が動きだす。
もう、遠くに見える陸の景色に見とれたり、くるまった仕掛けの針とテグスをほどいたり。
みな、歓声をあげたりしている。
温かい。寒くない。
下の写真は、右が幕山で、正面に航行管制のパラボナアンテナのが見えるのだが、、、。
これが凍っていたオキアミ。これを窓が開く円筒形のものに容れて魚たちをおびきよせ、
このオキアミ一匹の尾ととり、そこに釣り針をさして餌とする。
釣れなかったk-ta隊員はイトヨリダイが連れて大喜びの顔。ぼくらも嬉しいものだ。
戦果、大きな真鯛はisa隊員が釣り上げた。
この後、奥湯河原に行き、少し歩き回る。そのことについては明日。
 
奥湯河原を4時で切り上げ、真鶴のお店「大松」へ。
ぼくらの釣った魚が刺身として出てくる。
もう、最高の気分であった。
アマダイ左と右イトヨリダイ。アマダイがこりこり感がある。
イトヨリダイ左とサバ。サバが意外に旨かった。
真鯛は云うにおよばず。
塩焼も旨い!
初めビールで、あとは芋焼酎。そして、アラの味噌汁が最高。
柿を食べて酔いを醒ます。

2013年10月31日木曜日

2013年10月30日水曜日

ジョウビタキ A redstart

先ほど、ガラス越しに庭をみたらジョウビタキのオスがいる。
静かに、窓を開ける。柵にとまったところを撮る。
動きが早いので、一眼レフに取り換えようとしたら、いなくなっていた。
肌寒い筈だ。冬鳥がやってきたんだ。

 

トカラヤギ Tokara-Goat

 専門学校に新しい動物がいた。
これは、カモシカの仲間かな?
世話をしている学生に聞いてみた。
トカラヤギとのことだ。何だかコヤツこちらを横目で監視している。
随分立派なヤギに見える。
トカラヤギというからトカラ列島に生息しているヤギだ。
トカラ列島は屋久島と奄美大島の間に飛び石のように点在する島々だ。
で、トカラ列島のどこの島にいるのだろう。ネット検索してみた。
どうも、良くわからない。奄美大島にも生息しているヤギもトカラヤギということで、持ち込まれた家畜ヤギが野生化したもののようだ。台湾やフィリピンにも同じようなヤギが生息しているようだ。
と云うことは、家畜で会ったヤギが船に積まれてどこからか持ち込まれて、フィリピンや台湾、東シナ海の島々に拡がったということだ。
このトカラヤギ、ペットとしての需要が多いようだ。

2013年10月29日火曜日

今年はユズの実が少ない This year has less fruits of the citron in my small garden.

春先に込み入った枝を間引いたせいか今年はユズの実生りが非常にすくない。
枝を間引いたから大きな実になってもよそそうなのに、そうではない。
山は幸多い年のようなのに、、、。
今年は暑い夏だったからユズはたくさん実をつけてくれると思っていた。
ユズの小さな木が一本あるおかげで、我が家の食卓が少しうるおうばかりでなく、
近所や釧路の兄妹に実を配ることで話しが広がる。
 
今年に入ってから家庭菜園をやりたい気持ちが強くなっている。
友人や知人が菜園をやっていて、ナスやトマト、キュウリを頂いた。
さらには、ジャガイモ、ネギやダイコン、スイカまで、、、。
物をもらうと嬉しいとともに負い目を感じるのはどうしてなのか?
何かでお返ししなければと考えてしまう。
 
昨年から年金をもらうようになった。思わぬ臨時収入で嬉しい。
きっと、国はそれまであげていたお金に負い目を感じて
2ヶ月に一度づつ返してくれているのかな?
ありがたいものだ!

2013年10月28日月曜日

柿、カキの味  The flavor of Kaki

昨日、近くのYabeさんから柿の実をもらった。
3種類の実が混じっているようだ。
大きいのと中ぐらいのとを先ほど食べてみた。
二つとも甘い!
柿の実と云えば、樽柿といって大きな樽にまるで漬物のように重ねられていたものがあった。
当然、柿の実は柔らかく。ベトベト状態だった。
釧路では、そんな柿の実が12月になると果物屋の店頭に並んだ。
親父は柔らかい柿を縁側に置いてそのまま凍らして食べていた。
シャーベット状に凍った柿を包丁で切って食べる。
これが、また病みつきになりそうなほど美味い。
 
カキは釧路地方では生育しないが、小中学校で使う教科書に載る秋の日本の風景として
頭の中に刻み込まれている。
柿や稲刈りや茶摘みや梅雨や台風、さらには梅や桜も日本の風景として当たり前ものが、
北海道生まれにとっては他の地・内地の景色であった。
 
高2の秋に修学旅行で、奈良に行った。道沿いにあるカキの木に実がなっていた。
ぼくはもぎ取ってポケットに容れた。バスに戻った時、齧ったが、すぐ手に吐き出した。
歯茎が不思議なエグイ感覚に襲われた。初めて渋柿なるものを知った。
 
現在、ぼくは子供の頃憧れた日本の風景があったところに住んでいる。
しかし、心の中の秋の風景はほんの少ししか残っていない。

2013年10月27日日曜日

シカの寛骨 The Innominate bones of Sika deer

今日は、久しぶりの良い天気だ。
ここは台風らしき強風も豪雨もなかったが、台風が過ぎ去ったことによる快晴だ。
庭に橙色の実が日の光を浴びて光っている。
ドイツスズランの果実である。
昨日から、何故か寛骨Os cpxaeを眺めまわしている。
これは、丹沢で拾ったシカの寛骨だ。
寛骨は腸骨と恥骨、坐骨の三つの骨が大腿骨と股関節と云われる部分で接する。
恐竜や爬虫類はこの恥骨・坐骨・腸骨が一生バラバラであるが、
哺乳類では幼児期には三つの骨だが、
成長とともにしだいに大腿骨が接する部分で縫合合体し一つの骨の寛骨になる。 
哺乳類の頭骨以外の骨で、もっとも雌雄差が出てくるのがこの寛骨であり、
寛骨のさまざまな部位でオスとメスの違いを見ることができるようだ。
しかし、ぼくのコレクションでそれらの差異を見ているが、他の動物に齧られて欠けているものや
拾った時から性別不明なものが多く、今一つ性別を判断できない。
タヌキやアナグマの性別を寛骨で同定できるようになりたいし、
寛骨で動物種が判るようになりたい。
それには、頭骨ばかりでなく他の骨も一緒に拾わなければダメだ。

2013年10月25日金曜日

江戸川動物園

金曜日は丹沢実習の日、しかし、このところ丹沢に行けない日が続いている。
 
そんな日は動物園で観察の仕方だ。学生たちが観察したいあるいは知りたい動物を決めてもらう。個体識別をしてもらった。
 
ジェフロクモザル、ワラビ、フンボルトペンギン、レッサーパンダをやりはじめた。
しかし、このプレーリドッグをする学生がいない。

2013年10月23日水曜日

ビフトンさん帰国 Burton san goes back his home country,Belgium.

ん?外は真っ暗だ。何時?18時だ。
飛び起きる。
14時頃、慶応から戻り、手を洗い、ウガイをしてバタンキューと寝た。
 
昨夜皆が帰ってから、ビフトンさんが明日の飛行機の出発時刻は11時だが、
登場時刻の8時には成田空港に行きたいと言い出した。
寝たのが真夜中を過ぎていた。
起きたのが、4時、コーヒーとトーストで朝食とし、5時6分発の始発の電車に乗っていった。
連れ合いが成田まで送り、昨夜泊まったK.W氏も一緒に帰っていった。 
慶応の2時限目の授業は10時45分からだ。
寝過ごすことを恐れて起きていることにした。
授業も何となくふわふわした感じであった。
帰宅したら、すでに連れ合いは寝ていた。
 
ビフトンさんはまだ飛行機の中だ。
ぼくらも彼と一緒に旅行している気分になっていた。

2013年10月22日火曜日

今日は、かっての若者たちがやってくる。 It's the day that tha past young people is coming.

今日は、Burtonさんの来日を記念して、奥湯河原でサルを追いかけていたものたちが我が家にやってくる。ぼく以外は皆35、6年ぶりに顔を合わすことになる。
さらに、お互いに顔を合わすのは30年ぶりだろう。
 
下は、1976年1月の広河原の大堰堤の回りに現れたT群のサルたち。
当時は、この堰堤の上をぼくたちは走りまわれた。
が、今は、この写真を撮った場所からサルたちがいる堰堤の上まで降りるのも足がすくむ。
木々が成長してこの写真を撮った場所を木の枝が覆いかぶさっている。
1メートルも段差があると飛び降りられなくなった。飛び降りると膝や腰の骨が砕けるのではないかと心配してしまう。普段山を歩いているぼくでさえそうなのだ。
 
皆、60歳以上だ。30年前のように吞むことはできないし、食べることもできない。
昨日は、釧路の和商市場から季節の魚を送ってもらったので、イカは刺身や塩辛にしたし、
ハタハタは煮魚にした。ホタテは解凍して刺身だ。秋鮭は切り身にしてバター焼きにしてだそう。
今日は、2、3、4時限目の葛西の専門学校の授業があるので、帰宅は6時過ぎになる。
歓迎パーティは4時からなので、戻ったら皆がわいわい盛り上がっているだろう。