「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2023年2月23日木曜日

ツクシが出ている  Fertile shoots, Tshukushi in Japanese, of Horsetail are out of the earth

昼過ぎに引地川沿いをちょっと散歩した。土手に出ている植物を見に行ったのだ。ツクシが出ている(図1)。採って行きたいがまた今度にしよう。カンゾウの仲間も芽生えている(図2)。我が家の庭にもあるので、後で見てみよう。ここのノビルはもう1ヶ月以上前から出ている(図3)。しかし、ここは地面が硬いので十能が無ければ引っこ抜くのは難しいだろう。
図1.ツクシが出ている 
図2.カンゾウの仲間の芽生えだ!
図3.ノビルはもう1ヶ月前から出ている
我が家のは葉が30センチくらいも伸びていた。ツクシ、カンゾウの新芽、ノビルの根茎は春の山菜の一つだ。ノビルの根茎は美味しいが玉が小さい。カンゾウの新芽は酢味噌和えが旨いかな?ツクシはいつもキンピラだ。

2023年2月21日火曜日

三つの散歩コース   Three walking courses

昨日は境川遊水地公園の外周の散歩であった(図1)。今日は引地川の我が家から上流に当たる下土棚遊水地を回ってきた。ここは年内には出来上がるのだろう。今はまだ仕上げの工事中だ(図2)。これから、人工的な池や流れを作り水草を植えてビオトープとするのだろう。小学生が水遊びし、魚やヤゴを捕れるような景観だけでないビオトープを作ってもらいたいものだ。
図1.境川今田遊水地公園
図2.引地川下土棚遊水地
①引地川沿いを下っていくと引地川親水地公園に辿り着く。ここまでは往復約10キロ近くある。②境川遊水地を回る散歩は6キロくらいで、③図2の下土棚遊水地を回ると3キロだ。境川遊水地の外周には4か所の綺麗なトイレ(二つの管理棟を除く)がある。が、引地川親水公園には約5キロ引地川沿いを歩いていかなければトイレがない。が、下土棚遊水地には管理棟ができているので、ここにトイレがあるだろう。

図3.境川俣野遊水地公園 
図3.境川今田遊水地のコガモの群れ
図3.境川今田遊水地のアオサギ
引地川の下土棚遊水地に水が引かれるのはいつになるだろう。立派な管理棟も作られたので、引地川に生息する魚たちも展示されることだろう。

2023年2月20日月曜日

コロナの後遺症 Sequelae of COVID

Scientic Americaの記事(翻訳ソフトで読む)によると、コロナに罹ってから、ずーと疲れやすい、頭がボーッとする、気力が湧かない、怠いなどの神経疾患の患者が増えているようだ。コロナは肺疾患をもたらす病気だが、後に神経系の障害に苦しむ人たちが多いようだ。

そういう意味では、日本ではこのコロナが治った後の続く症状をもっと取り上げて欲しい。コロナはインフルエンザと同じ第2類の分類に入れられるようで、マスクの使用も病院、公共施設などの密閉された空間や人込みの場合はマスク使用を求められている。が、他では任意だ。

ぼくは、山歩きはもちろんの事、散歩の時もマスクさえ持って行かない。もちろん、コンビニなどに立ち寄る時や酒屋に行く時は入る時にマスクを着用する。湘南台の駅は横浜市営地下鉄、相鉄線、小田急線が乗り入れており、地下街を通じて改札口を入ることになる。ぼくは、電車に前もって乗る時には地下街に降りる時にマスクを着けるが、地下街を通り抜けるだけの時は人と擦れ違う時にだけタオルハンカチで口元を覆う。

昨年12月に東京国立博物館の国宝展を見に行って、コロナに罹った。その時は入場を制限する程混んでいた。もちろん、自分も含め皆皆マスクを着用していた。それでもコロナになった。密閉されたような空間の密状態ではマスクはあまり意味が無かったのだ。幸い、家族たちにも後遺症は出ていない。

我が家の近くで咲いているミツマタ
身体が怠いとか気力が湧かない、頭がボーッとするなんて言うのは辛いことだ。そんな事にならないためにもコロナに罹らない方が良いのだ。コロナに罹った時はいつも出ている咳よりも激しくなったが、幸い、熱が37度を少し超えるだけで軽く済んだ。障害というと味覚が2,3日おかしかった。豆を挽いたコーヒーの味は判ったが、インスタントは全く味がしなかったくらいだった。烏龍茶がダメで、紅茶が美味しく感じた。ぼくはこんな程度で済んだが、それが頭がボーッとするなんてなったら、イヤだ。


2023年2月19日日曜日

春の陽気の中の散歩  Walking in the spring sunshine

 昨日の昼過ぎに連れ合いが河津桜を見たいと云うので二人で散歩したカワズザクラはほぼ満開であった。鳥たちが花蜜を吸ってはいたが我々が近づいたの皆慌てるように一斉に飛び立った。オナガの10羽くらいの集団がピラカンサスの実を啄ばんでいたが。彼らの大半も飛び立った。残ってヤツを撮る(図1)。連れ合いは何かを探しているようなので訊いたら、土筆だと云う。流石にまだ早い。でもナズナはぺんぺん草となっているからそろそろ出てくるかな?

図1.オナガがピラカンサスの実を食べていた
カワズザクラを見て、馬渡橋を渡って戻る。引地川沿いのソメイヨシノはまだまだ堅い冬芽だ。川面には10数羽の小さなカモがいた。コガモだ(図2)。セキレイが尾を振りながら土手を歩き、スズメが道路沿いに四角に刈られたツツジの植え込みの中にいた。
図2.引地川のコガモたち
今度は柳橋を渡って円行公園に入り、満開のウメの木の下では4グループの家族?女子と子供たちがシートを敷いて談笑していた。帰宅して、我が家のボケがまた一段と赤く染まって咲いていた(図3)。このクサボケは20年も30年も地面から10センチ内外の大きさであったが、この5,6年である。1メートル以上も伸びて花を咲かせるようになった。しかもこの花は季節に関わらず咲いている。四季咲きクサボケなんてあるのかな?このような開花の仕方だからボケという名が付いたのかな?っと思ってググったら、木瓜からモッケ、モケ、ボケとなったようだ。
図3.ボケの花
今日も温かい。先ほど新聞を取りに外へ出たら生暖かい風だ。今日は昨日以上に温かくなりそうだ。

2023年2月18日土曜日

少年たちの魚獲り   Catching fish of young boys

 昨日は散歩に引地川沿いを歩いた。河津桜がもう6,7分咲きだ(図1)。メジロやヒヨドリ、シジュウカラがカワズザクラの花の蜜を吸い、花弁を飛ばしていた。ピラカンサスの実に停まったメジロ(図)。

図1.河津桜
図2.カワズザクラ
図3.ピラカンサスの実とメジロ
歩いているぼくをぼくを追い越してタモ網を持った少年が自転車で通り過ぎた。行くともう一人が居て彼は胴付き長靴を履こうとしている。合流した一人はすぐズボンを脱ぎ、上着も脱いだ、エー!この寒いのに!っと思ったが、、、。ぼくの子供の頃のようで見ていることにした。ぼくを自転車で追い抜いた少年はゴム製短靴を履き、二人ともタモ網を持って、コンクリートの土手の手摺りをするする下りて川に入った(図4)。
図4.二人の少年
堰は魚が登れるようになっている。かなり滑るようだ。慎重に歩いている。いつもはここでコサギなどがじっと立って獲物を狙っている。二人とも半袖で、一人は半ズボンだ。水温は何度位だろうか?ぼくが子供の頃は鼻水を袖で拭いながら雪が溶けた川に入ったものだ。下はパンツ一枚だった。少年たちは中学1,2年かな?小学校の横を通ってきたが、14時だ!もちろんまだ学校は終わってない。中学の月末試験、期末試験の準備のために早く学校が終わったのかな?でも、彼らにとっては、試験勉強よりも少し温んできた川での魚獲りなのだ。
図5.二人離れて堰を下る。滑るようだ。
鉄管を持ち上げて中の物を網に空ける。鉄管のようなものが2本持ち上げた。彼らが仕掛けて置いたのかな?すると狙いはウナギ?
図6.鉄管を持ち上げて中の物を網に空ける
ぼくが見ている橋の下を潜って川下側に魚がいそうな処を突いて下っていく。半ズボンの少年はさぞかし寒いことだろう。が、今は逆に身体が熱っている時かな、これからだ寒くなるのは、、、、。この二人にとっては大人になったら素晴らしき思い出になるだろう。この写真を二人にあげたいくらいだ。
図7.仲の良い二人
戻り始めると堰を超えたところでマガモのペアがいた(図8)。さらに川沿いに歩いて、往きに見たカワズザクラを対岸から見た。カワズザクラが咲いているところだけが明るくなっているようだ(図9)。
図8.マガモのペア
図9.対岸から見たカワズザクラ

2023年2月17日金曜日

境川遊水地公園までの散歩  Waliking to Sakai river anti-flood pond park

昨日は久しぶりに境川遊水地公園まで散歩した。このコースは途中に日大の農場がある。そこには牧草が植えられているのかイネ科植物の芽生えがあった。春だ!図1の奥の林はタイワンリスの巣があってタイワンリスを見かけたところだ。立ち入り禁止の看板があったが、林の中を探索した。が、以前は7,8個もの巣を木の又にあったのに今回は一つも見当たらなかった。が、離れた場所に一見するとタイワンリスの巣を思わせるような木の葉の塊があった(図2)。しかし、以前見たタイワンリスの巣は小枝を集めて作られていたので、これは何だ?カラスの巣とも思えない。
図1.日大資源生物学部の飛び地の農場
図2.これは何だ?
境川沿いの遊水地外縁の横浜市側の道を歩く。俣野遊水地、下飯田遊水地から藤沢市側の今田遊水地に入るが、ぼくはずーと境川左岸の横浜市側を歩いた。最後は相鉄線や横浜市営地下鉄線の高架下を通り、白鷺橋を渡って藤沢側に入って湘南台公園の中を横切って戻ってきた。9183歩、6979m、1時間半の散歩だった。
図3.今田遊水地近くの境川でオオバンがいた
図4.オオイヌノフグリが陽の光を浴びていた
ロシアのウクライナへの攻撃が激しさを増しているようだ。ロシアは西側からの戦車や爆撃機がウクライナに入る前に決着をつけるつもりかな?それにしても絶え間ない空襲警報にウクライナの人々はこの寒さの中で大変だ。プーチンが一刻も早く侵略戦争を止めることを願うばかりだ。

2023年2月16日木曜日

ピンクの沈丁花が咲きだした!   Pink winter daphne flowers have started blooming!

寒い日が続いているが、ピンクの沈丁花が咲きだした。ここは北が我が家の壁に接して南に向いていて、日溜まりのようなところだ。白梅は満開で、水仙は咲いた花は切り花にするので、庭にはちょっとしか咲いていない。オオアラセイトウ(諸葛菜)も大分大きくなってきた。でも、エ?っと思うところにタチツボスミレが咲くんだ。タネを植えて3,4年のナデシコは株が大きくなってきている。1年草かと思っていたが宿根草だ。タネを植えたキキョウもそうだ。キキョウは立派な太い根になる。
家の南側にへばり付いている沈丁花
このコロナ禍の3年間、友人・知人とも年に1回くらい会うが、2時間以内の飲食だ。Zoomでのオンラインの呑み会は全く味気ない。オンラインで会議をやった事がないが、これも味気ないようだ。やはり、友人・知人とは直に会ってその息遣いや雰囲気に接してこそだ!今日、午前中は境川の遊水地公園まで足を伸ばした少し長めの散歩をしてきた。帰ってくると、昼過ぎにK夫婦が来てお昼を一緒に食べると云う。え?K夫婦の家は境川の近くなので、疲れたのでお茶でも飲みに寄って来ようかな?っと思ったのだ。彼らが蕎麦屋で買ってきた掻き揚げを食べながらビールを飲み、ソバを食べ終えた後はバーボンだ。彼らが帰った後、パソコンの前に座ったがそのまま1時間くらい寝てしまった。このK夫婦とはぼくが学校を辞めてから2ヶ月くらいに1回、飲食をともにしている。





 

2023年2月14日火曜日

死を少しだけ考えた  I thought about death a little.

先日、友人の母親が亡くなったので葬儀に参列してきた。自分の両親が逝った時は葬儀が終わったらもう葬儀の事や死の事など考えなかった。しかし、昨年2度、今年早くも1度目の葬儀に参列して、死の事を考えるようになった。それは自分が歳をとったせいもあるだろう。
サル調査で、見知らぬ土地の里山の藪の中を歩き回っていて藪に埋もれた古いお墓にぶつかると妙に不安な気持ちがして一瞬でも早くその場から立ち去りたかった。お墓の下には死んだ人が埋められているという事を知っていたからだ。海外のサル調査でも身体が竦み歩けなくなるような時があり、その場から早く立ち去りたいと思うことが度々あった。特にスラベシ島では背筋がゾッとするようなが場所があった。しかし、アフリカでは以前村が存在した場所を歩き回ってもゾッとするような場所はどこにもなかった。アフリカでも土葬だが、村々では特に墓地を決めているわけではなかったので、土葬の場に小さな石が一つ置かれたり、木を植えられたりするだけであり、それらが自然に消えてしまっていたせいかも知れない。
キンシコウの調査で秦嶺山脈の麓にある玉皇廟村をベースにして山に入っていた。村から離れた処に土葬のお墓があった(図1)。ここまで遺体を棺桶に入れて運んできたのだ。でも、こんなものだとイノシシなどが掘り起こさないか心配であるが、重い石を置いているので、大丈夫なのだろう。お墓に大きな石を乗せるのは野生動物に掘り起こされるのを防ぐためなんだっとこの時思った。
図1.玉皇廟村の里山にあるお墓
クロアチアの首都のザクレブで公園のようになったお墓を歩いた。どのお墓も大きな石が置かれていた。しかし、ぼくにはどうにもこの石の下には棺桶がありその中に死んだ人が横たわっているっとしか思えなかった。
図1.ザクレブのお墓
インドのベナレスに行く前は、ぼくもインドの人たちと同じようにガンジス川で口を漱ぎ、沐浴をしようと思っていた。が、岸辺で死人を焼き、翌朝になってもまだ燻っている異様な臭いと、うろつく野良犬とそれらの半焼けの骨などをガンジスに捨てる光景を見て、とても沐浴する気など失せてしまった。それは水葬で若い男がまるで水草に乗っているかのように流れて行くのを見たせいかもしれない。
図2.ガンジス川の水葬
父親が2001年3月に亡くなってから、その遺灰を、メコン川、モルダウ川、黄河、ナイル川、スリランカのマハ・オヤ川、ガンジス川に撒いた。何故か自分がその土地の水とともに海に流れて行くように感じ、さらに撒いた灰を魚たちが寄ってきてバシャバシャ食べる様子を見て、仏教の輪廻思想が生まれるのも判ったような気がした。
図3.ガンジスで両親遺灰を撒く
ぼくは骨はほとんど気味悪いとも恐ろしいとも思ない。枕元に置いて眺めている。しかし、干からびた状態でも肉が付いたものは嫌だ。ぼくは死んだら火葬してもらってできる限り骨は細かくして草花や野菜の骨粉として利用してもらいたいと思っている。90歳くらいで火葬した骨は崩して粉々にするとマグカップ一杯くらいもないだろう。

2023年2月9日木曜日

蕗の薹の酢味噌和え  Boiled buds of Japanese butterbur with vinegar and miso.

昨日またNKさんからフキノトウや柑橘類をもらった。フキノトウは洗って回りの葉を取り、その葉を茹でて酢味噌和えにした(図1)。美味い!フキノトウは天麩羅が一番だが、甘い蕗味噌よりもぼくはさらに春の苦みが感じる酢味噌和えが好きだ。ウィスキーの肴としてぼく一人で食べてしまった。連れ合いは天麩羅や蕗味噌なら苦くはないが、酢味噌和えは苦すぎると云う。
図1. フキノトウの酢味噌和え

 先ほど、庭に出た。ピンク色の花の沈丁花の花が2輪咲いている。白梅の花もだいぶ開いた(図2)。

図2.庭の白梅
岸田内閣を含む自民党はLGBTの人たちに対しては旧統一教会の考えを持っている。同性愛嗜好は信長が森蘭丸との話しは有名であったし、江戸時代にも浮世絵ではホモ・レズを描いたものが当たり前であった。しかし、明治になって欧米のキリスト教を含む思想が入ってくると、家の姓は男系となり嫁いだ女性も夫の姓になった。今でも当たり前のように中国でもアフリカでも結婚しても女子は前の姓を名乗る。日本が結婚後も男女別々の姓を名乗っていたのが明治以降に変わったのだ。
そして、ニホンザルやチンパンジーではホモ・レズは当たり前だ。それでもサルからヒトへと進化してきたので。LGBTの仲間が「近所にいた」からこそ「生産力があった」のだ!とも云える。

2023年2月8日水曜日

PC早くも戻る!   PC back early!

 昨日は朝9時半に妙蓮寺駅から歩いて10数分の丘の上にある葬儀場に連れ合いと出かけた。学生の頃世話になった友人の母親が97歳で亡くなった。お昼を参列者で横浜で食べて2時過ぎに帰宅するとぼくがPCを梱包した段ボール箱があった。エ!っと思って見たらEpson Directからだ。修理ができずに送り返されたのか?っと思い箱を開ける。ぼくが梱包した状態のPCの上に納品書兼修理ご報告書と書かれたA4用紙がある。見ると修理が完了したとある。

ぼくとしてはとても信じられない。4日の15時半頃クロネコがやってきてPCを持って行ってくれた。それが7日の14時にはもう修理されて戻ってきたのだ。マザーボードを交換したとある。早速、着替えて接続して立ち上げた。前と出てくる画面や入っているソフトも変わっていない。PCのHDは初期化されなかったのだ。こちらの不具合状況の説明でマザーボードの故障と考えられ交換したとある。

修理されて戻ってきたら丸1日掛かってソフトのインストールに費やさなけれならないと思っていたのだ、4日に出して7日に戻った事と、フォーマットされずにそのまま戻ってきたことで大感激だ。しかも、輸送費から部品交換代も無料だ。もっともPCをエプソンダイレクトから買う時に「6年お預かり修理」として1万円を余分に払っていた。ちょうど今年の9月で6年目に当たる。

今、サクサクと気持ち良くタイプしている。修理に出して良かった!