「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2008年8月15日金曜日

丹沢:ハタチ沢林道

今朝、5時半に矢部さんの車で家をでる。
お盆のため空いている。
中津川の支流のハタチ沢沿いの林道を詰める。
久しぶりのハタチ沢である。
今日は、メスジカ4頭、2頭は新生児。
サルの糞を多数見つける。この1週間以内にサルの群れが林道に出ていたようだ。
アナグマやテンの糞も多数みつける。

アナグマの糞である。
右の骨はリスの下脚の脛骨の一部
さらに、20分くらい歩いたところで、またアナグマの糞
これはに、ヒミズの下額が左下方にみえる。
ヒミズを食べたものである。毛の塊もある。ヒミズは食べられないと思っていたので、この糞を持ちかえったので、本当にヒミズ(ヒミズでないとしたらトガリネズミ)かどうか調べなくては!
同じ個体の糞かどうかは不明だが、同一のタネ(稲のモミ状)が多数入っている。このタネが何の果実のタネなのか?見たようであるが思い出せない。御存知の方、お知らせ下さい。

アナグマの下顎を見つける。2メートルくらい離れていた。辺りに他の骨を捜すが見つからず。 帰路、下顎を見つけたあたりよりも50メートル以上、上部でアナグマの頭蓋骨を見つける。
状況から判断すると、このアナグマはかなり山側斜面で死んでいたものが、雨水によって林道上に流されてきたもののようだ。

帰宅して、すぐアナグマの左右の下顎を合わせて、上顎と噛み合せる。同一個体のもののようだ。

2008年8月14日木曜日

食物連鎖

鉢植えのフクシャが元気がない。
花や葉も小さい。
暑さにやられたのかな?園芸書を見る。
夏の暑さに弱いので風通しの良い木漏れ日射すところが良いとある。
鉢を持って、部屋に入れ、枯葉や萎んだ花をとる。

1センチにみたないオンブバッタが飛び出した。
2、3匹というものではなく、十数匹も捕まえた。
このバッタたちがフクシャの花や葉を食べていたために、元気がなかったのだ。
小さいバッタの幼虫?なので、葉を一枚一枚見ていたら、
カマキリを見つけた。
フクシャにたくさんバッタのチビがいるので、このカマキリはそれを食べにいるのだろう。
まだ、子供のカマキリだ。 オンブバッタは庭のアオジソを食べるので、必要な今時に毎年虫食いの青葉を切り刻む。バッタがアオジソやフクシャに寄るのは、植物が出す匂いで知るのだろう。では、カマキリはどうやってこのフクシャに辿り着いたのか?目をキョロキョロさせて、バッタのチビを見つけて歩いてきたんだろう。バッタがフクシャを食べ、そのバッタをカマキリがたべる。小さな食物連鎖が生まれている。

2008年8月13日水曜日

ガガイモ科の花

奥野 林道沿いでガードレールに絡まっていたガガイモとそのヒトデのような花 ガガイモの花を見たことがなかった。
このガガイモ科という名前を最初に知ったのは、屋久島でみつけたサクラランであった。
サクラランは観葉植物としても園芸店で売っており、その蝋細工のような花は我家でも何度か咲いた。

サクラランを知った頃、岡山県臥牛山のサル調査で、備中松山城に向かって岩場を登っている時、常緑の葉で太いつるの木か草か分からないような植物にであった。それがキジョランでガガイモ科の植物であることを知った。

しかし、ガガイモの花がどんな花なのか知らないままであった。
今日始めて知ったのだ。
これまで咲いていても見過ごしていた。
今日は、ミンミンゼミの鳴き声が聞こえる喜びに、目に映る景色も新鮮だ。

今、我家のナツツバキの木からは「八月蝉い」くらいのアブラゼミのジー、ジーという鳴き声が聞こえる。
これから、久しぶりに好きだった音楽をCDで聴いてみよう。
全部、聞き取れるかな?

久しぶりの丹沢

クサギの花、奥野林道で
この時季、ミンミンゼミが鳴いているのが聞こえる。
林道ゲート前に車を置いて、歩き出す。
早くも、真っ赤になったガマズミの実が目に飛び込む。
タマアジサイが今盛りと咲く。

ときどき、ん?この香り?甘く良い匂いがする。
クサギの花の匂いだ。
クサギの葉を揉んだ時の匂いも好きだ。
幼児期に飲まされた薬のよう。 路肩に積み重なった枯葉や土砂がいたる所でイノシシに掻きまわされている。
イノシシがミミズなどの土壌動物を探し回って食べた痕だ。

イノシシの糞が林道上にあった。
アブやハエが群がり、糞虫がたくさん潜り込んでいる。
糞の一部がまるで生きているかのように動く。

木の枝で糞を崩した。
臭い!生ぐさ~い!
さまざまな土壌動物やまだ残っている果実を食べたものだ。
ウワミズザクラの実も拾い食いしたようだ。タネが一個見つかった。

2008年8月12日火曜日

不思議な豪雨

今朝、目覚めたら雨だった。
それも豪雨だ!

タンザニアはマハレの豪雨を思い出した。
雨季の始まりの数日は、まるで天空にある全ての水を短時間のうちに捨ててしまうかのような強烈な雨足だ。

暴風雨や猛吹雪の時に家にいると安心した気持ちになった。
それが日曜・祭日の時は、嬉しかった。
家族がそろっているし、訪ねて来る者はいないからだ。

湖畔の家では、トタン屋根を叩く強烈な音以外何もきこえない。
物売りも来ないし、使用人や国立公園の人たちもこない。
何か、おいしい物でも作りたくなる。

7時を過ぎてようやく小降りになりだし、今はすっかりあがったようだ。空が少し明るくなってきた。

しかし、夏の夕立ちなら理解できるが、早朝に強い雨が降るとは、、、。
しかもこの雨、もしかして藤沢の我家付近だけ?なのかもしれない。オカシナ豪雨である。

右の写真は、タンガニーカ湖岸の我家、雨季の始まりの雨で、屋根から落ちる雨水を取ろうとナベ類などの器を置いている。雨水はそのまま直接飲める飲料水となる。遠景はタンガニーカ湖。

2008年8月11日月曜日

女性の強さは根を下ろせること

1996年、タンガニーカ湖、ホテル、アクア・ロッジの湖岸からボートに乗るジェーン・グドール(Jane Goodall 右から二人目)博士とアンソニー・コリン(Anthony Collin 左から三人目)博士らのゴンベのスタッフ
今ではチンパンジーもゴリラなどの大型類人猿も多くの人たちによって野外観察・研究がなされている。
が、その扉をこじ開けたのは女性だ。
ご存知のようにイギリス生まれのジェーン・グドールはチンパンジーの野外研究でさまざまな新発見をした人だ。
当時日本からは京都大の研究グループが何度もタンガニーカ湖畔にチンパンジーやゴリラを求めて調査していた。
グドールは現在もタンザニアに住居を構えて生活している。
「霧の彼方へ」で知られるゴリラの研究者、ダイアン・フォシー(Dian Fossey)はそれまでゴリラ観察研究を一変させた。マウンテンゴリラの家族群の中に入り込むことができた最初の人である。彼女は残念なことに現地の人によって殺されてしまったが、アフリカの大地に根を下ろして生活していた。
さらに、アジアの大型類人猿であるオラン・ウータンはガルディカス(Galdikas BMT)というカナダ生まれの女性によって多くのことが明らかにされた。もちろん、彼女はインドネシアの男性と結婚して調査研究を続けている。

一見、ひ弱に見える女性であるが、現地に滞在して1ヶ月目、2ヶ月目と月日が経つうちに目や身体つきが変わり逞しくなっていく。逆に、男は日にちが経つうちに逞しさが消え、病気がちになり半年に一度は帰国するということになる。
このことは海外で野外研究に携わる研究者の男女に云えることである。もちろん、例外もあります。

この男女差はどういうところに起因するのだろうか?

定年後、故郷に想いを寄せて、帰郷したがるのは男の方だと思うが、どうだろうか?

2008年8月10日日曜日

風景と年齢

金沢八景駅裏の風景
右側にあるのは、金沢八景駅の上りのホームである。
若い女性がホーム沿いにある細い道(橙色の盲人用の案内板が続いている)を歩いている。
金沢八景駅前を含む、周辺だけが40年前の佇まいというか風景を残していた。
野島の方の風景は八景島シーパラダイスの開発によって様変わりした。
駅前は個人商店が立ち並ぶために駅前開発ができなかったのだ。

学生の頃、文学部の教授が飲んでいるのを見つけて、その席に割り込んでお酒を飲ませてもらった赤提灯があり、授業をサボって友人たちと駄弁っていたフルーツパーラもそのまま残っている。
線路下をくぐる狭い地下道を通ると学校へ通う細い道がそのままだ。
なんと、2軒の藁葺きの家までそのままだった。

当時の記憶が鮮明によみがえる。
涙が出そうなくらいに懐かしくなるのは何故なのか?

方丈記の一節に
行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず
淀みに浮かぶ泡沫は かつ消え かつ結びて 久しくとどまること無し
世の中にある 家と住処も これに同じ

さらにその後の平家物語でも
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 沙羅双樹の華の色 、、、、

さらには、方丈記を意識した芭蕉の奥の細道で、
月日は百代の過客にして、行き交う年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、、、、

中学の国語の時間に上の一節や枕草子の一節を何度も読まされた。調子が良いので覚えている。
55歳になった頃かろから、片雲の風に誘われて 漂泊の思いやまず、、、という文章が突然頭の中に浮かぶ。
そういう精神年齢になったのだと思っている。

2008年8月9日土曜日

可哀想な動物

八景島シーパラダイスのシロイルカ
釧路から上京する妹が八景島シーパラダイスに行きたいというので、金沢八景駅を待ち合わせ場所にして、連れ合いと出かけた。

アザラシ、シロクマ、セイウチ、ペンギン、カワウソたちが狭い水槽に入れられて、狂ったように同じ行動をしている。
親子連れや若いカップルたちは「可愛いい!」と歓声をあげている。
大きな水槽の中をエスカレーターが通りぬけ、上にも下にも左右にも魚たちが泳ぐ、ふらふらと弱っている魚、痩せてもうあと2、3日の命のような個体が混じったイワシの群れ。

最後にシロイルカの水槽を見た。
動物虐待以外の何ものでもない。
可哀想なシロイルカ、遮る物がない透明な円筒の水槽の中を上がったり、下りたりと全く同じ行動を繰り返している。精神的病に罹っているのだ。

ここ八景島に限らず、日本の水族館のあるいは水棲哺乳類に関しての飼育管理は前近代的だ。
動物たちを単に見世物としてしか扱っていない。

2008年8月8日金曜日

歯科医院に行くのが嫌な理由

カニクイザル(Macaca fascicularis)の推定8、9歳メスの上顎の歯
私たちヒトの歯並び(前歯が2本、犬歯1本、小臼歯2本、大臼歯3本)と同じだ。
昨日、歯科医院に行った。
椅子に座らされていた時間は30分くらい。
口を開けたままでいること25分以上。
大口を開けながら、何故、歯科医院に来るのが嫌なのか考えた。
キーンという歯科独特の歯を削る機械音!
ガリガリと患部を削られる時の頭骨・脳への不愉快な衝撃!
この削られる時の不愉快な衝撃が唯一最大の歯医者嫌いの理由であると思っていた。
今回は6ヶ月目の定期検診であり、歯を削られることはなかった。
にも拘らず、歯科医院に来るのは嫌だと思った。
その嫌さとは、半ば強制的に他人に自分の口内を隅々まで見られ、さらにいじくり回されることだ。
歯科医師や衛生士に口を開けてバカ面をして見せて、幼児言葉のような言い回しで注意される。
この嫌さ、屈辱は歯を削られるのと同等かそれ以上のものである。
大口を開けてバカ面をさせられている、この屈辱から一刻も早く開放されたい。
逃げたい気持ちになる。
検診が終わった後、礼を言うのに相手を見るも恥ずかしい。

2008年8月7日木曜日

八月蝉い

網戸にアブラゼミのオスがとまった。
こっそり近寄りパチリだ。が、デジカメは無音。
三脚を取り出して撮ろうと思って、離れたら逃げていた。 友人のGomoto氏は、関東の夏は「五月蝿い」ではなく、
「八月蝉い」と書くべきだと主張する。
ぼくも彼の意見に全く同感だ。

が、その「八月蝉い」夏が、遠い昔のこととように思える。

セミの鳴き声が聞こえない。スズムシやコウロギの鳴き声も小鳥の声も聞こえない。

野生動物調査者としては、最も重要な調査道具を失ったようなものだ。

自転車のベル音や炊飯器や洗濯機の完了音まで聞こえない。

これからは高齢化時代、高い周波数の音が聞こえない人たちが多くなる。

自転車のベル音などの警告音をもう少し低い周波数の音にしてもらいたい。

2008年8月6日水曜日

同定できない!

何故か、コメントに対応して文章を書き直したら、肝心の高山植物の写真が消えていました。
あらためて、同定できなかった写真をアップします。
下のチョウは、釧路湿原で撮ったものです。
3、4種類のジャノメチョウかタテハチョウの仲間を撮ったと思っていたのですが、拡大してみると皆、下のチョウでした。
上の写真の植物は、雌阿寒岳の9合目当たりで撮ったものです。
チョウも植物も同定できません。
とくにこの植物は科さえ思いつきません。
御存知の方、教えて下さい。

昨夜、釧路から暑く、混雑する羽田に戻ってきました。
羽田から京浜急行に乗り、「あ~、再び日常だ!」との感慨で電車の中の勤め帰りの人たちの顔をながめながら帰宅しました。

この高山植物については、植物写真家であるisa様から「ヒメイワタデ」という御指摘(コメント参照)を受けました。
さらに、チョウについては、take様から「サトキマダラヒカゲ」であるとのコメント(参照)をいただきました。

2008年8月5日火曜日

湿原の思い出

釧路湿原の遠景
これは7月27日の釧路実習でサテライト展望台から撮ったものです。
手前の少し斜めに左右に走っている木が生えてないようなところ、わかりますか?
そこのさらに手前(手前の林と重なりそうなところ)に斜めに細く走っている道がわかりますか?
クリックして拡大して見て!
白い服をきた人が歩いていますね。
そこが、湿原探勝歩道です。左(実際は北にあたる)に進むと温根内ビジターセンターがあります。

この湿原探勝歩道はかって鶴居村と鳥取を結ぶものでありました。
鳥取小学校の頃の同じクラスに、鶴居村から通ってくる吉田くんと澤田さんがおりました。
彼らのおじいさんさんたちは鳥取県から屯田兵として渡ってきたのです。
ぼくは、2度吉田くんに着いて鶴居村の彼の家まで行ったことがありました。
片道10キロ?くらいあったとおもいます。
帰りは、真っ暗闇の道を遠くの光を目差して歩いたのが昨日のように思い出されます。
2度の内一度は、軌道の上を走るトロッコに乗って鶴居村まで行ったことがありました。

当時の湿原は、原野と呼んでおり、牧場にもできない不毛の地と考えられていました。
しかし、当時の子供たちにとっては、無限の楽しみを提供してくれる場でもありました。

春は、山菜採りやスズラン狩り、オタマジャクシ取り
夏は、ヤチウグイ、トンギョ、ドンコ、ドジュウなどの魚釣り、さらにはキリギリス取り
秋は、コクワ(サルナシ)やヤマブドウ狩りやボリボリ取り
冬は、スキーを履いて、どこまでも自由に歩ける開放感

谷内坊主の上を飛び跳ね、谷内眼に竦み、肘や膝はいつもすり傷だらけの子供の時が懐かしい。
そういう外遊びを今の子供たちにも味あわせてあげたい。

2008年8月4日月曜日

デカイ植物

蕗の葉の間から顔を出して花を咲かせているのは
巨大なウバユリ
関東地方の里山では見慣れたウバユリであったが、あまりにもデカイので写真を撮る。
釧路湿原の植物の本を眺めていたら、このウバユリの名前がオオウバユリという和名になっている。
ウバユリの変種ということだ。 哺乳類では、アレンの法則やベルグマンの法則があって、近縁の動物では、寒い地域に生息する動物(哺乳類や鳥類)ほど 耳、尾、手足の長さなどが短く身体が大きくなり、全体的に丸くなる。
これは、身体全体の表面積を小さくすることによって、逃げていく熱量を最小にするという効果がある。

ウバユリもバカデッカクなって変種となっている。上の写真で写っているフキ(アキタブキ)も関東などのフキと比べ物にならないほどデカイ。たくさん生えているミズナラは葉があまりにも大きい(関東の山で見られる葉の2、5倍くらいの大きさ)ものだから、カシワ?とまで思ったくらいだ。
まるで、葉を大きくすることによって、北国釧路の夏の太陽をいっぱいに浴びようとしているかのようだ。
どうなのだろうか?植物にもアレンやベルグマンの法則のようなことが云われているのだろうか?

鳥痴であり、植物についても詳しく知らない。恥を忍んでお尋ねしますj。どなたか御存知の方教えてください。

2008年8月3日日曜日

ストーブをつける

昨日、今日と雨模様の天気
91歳のお袋がストーブをつける。
外にいると長袖でも寒く、薄手のセーターが欲しい。
釧路を東京以西の人たちの避暑地として宣伝したいくらいだ。
上のフサスグリは阿寒川で釣りをした時の、川沿いの畑の横に他の草木と一緒に植えられて(生えて)いたもの。熟すと赤黒くなり、甘くなる。ぼくはグスベリの甘酸っぱい実の方が好きだ。しかし、関東地方のカキの実もそうだが、このような野趣溢れる実を子供たちも食べなくなった。
あんなに線路沿いの草叢にあったモリイチゴをまだ見つけていない。

2008年8月2日土曜日

ガンコウランとコマクサの思い出

ぼくが子供の頃(50年前)
現在の釧路西港があるあたりから大楽毛、白糠までの海岸沿いには、ガンコウランやフレップ(コケモモのこと)が生えていた。
ガンコウランやフレップの上で転げ回って遊んだ。
フカフカして気持ちがよかった。

現在では、温暖化の影響のためガンコウランやフレップは海岸沿いでは見られなくなった。
見られるのは雌阿寒岳や雄阿寒岳などの山だけとなった。

先日登った雌阿寒岳の帰路、青黒くなってきたガンコウランの実を食べてみた。
懐かしい味がした。
フレップの実はまだ白いところが残っており赤くはなっていなかった。
(クリックすると青黒い実がみえますよ。)
今回の雌阿寒岳・阿寒富士登山で、ちょっとした異変に気が付いた。
これまで、コマクサが見られたのは阿寒富士の山頂付近だけであった。
それが、雌阿寒岳の山頂から阿寒富士の登り口までの鞍部辺りにもたくさんコマクサがあった。
この辺りのコマクサの大半が花が終わりかかっていたが、阿寒富士山頂ではまだたくさん咲いていた。
このコマクサの低いところへの広がりをどのように解釈したら良いのだろう?
このところ活発化している雌阿寒岳の火山活動の影響があるのだろうか?
2006年の釧路実習の時は、噴火のため雌阿寒岳には登れなかった。

2008年8月1日金曜日

湿原で見つかるトガリネズミの死体

釧路湿原を歩いたときに、今回はまともなトガリネズミの死体を見つけられなかった。
3コ見つけたが、いずれも踏み潰された死骸であった。
下の写真のものはそれでも一応見た目でトガリネズミを判るので撮った。 ひっくり返して腹側から
関東近郊の山麓の登山道や林道を歩くと、足元に見つける死体がヒミズのものである。何故、ヒミズが肉食動物にも食べられずに道に転がっているのか分からない。

釧路湿原では、ヒミズの代わりにトガリネズミとなる。
ヒミズはモグラ科、トガリネズミはトガリネズミ科で同じ食虫(モグラ)目であっても科が異なるが、両者とも似たような生態をしている。両者とも地表の腐葉層を動き回っている。手の形からしてヒミズの方が柔らかい地表中を潜っているのだろう。
似ている生態だから、同じように人が歩く道に転がっているのはどのようなことが原因なのか? 上の写真は、雌阿寒岳で見たイワギギョウの花である。右下の幅広のロゼット状の葉はイワブクロだ。

フィールドサイン(糞)

キタキツネの糞、釧路湿原で:ネズミ類の毛と骨の一部が内容物に含まれている。
クロテンの糞、釧路湿原で:ヤマザクラの実の果皮とタネからなる。
ミンク?の糞、釧路湿原で:ヤマザクラの果皮とタネだけのもの。
ミゾハギ、阿寒川沿いで:釣りをした時の川沿いの畑の側に生えていた。
釧路から上京して始めての夏を兄貴のアパートの部屋で過ごした。
暑くて、パンツ一枚になり足を水を張ったバケツに入れて過ごした。
運動もしないのに、ただ座っているだけで汗が出るっていうことを始めて経験した。
そのアパートの近くの学校の木には無数のセミが鳴いていた。
しかも、数種類ものセミを見つけた。
捕まえようと近づくと、パッと飛んで逃げた。まるで、ギンバエをでかくしたようなセミだと思った。

釧路にきてまだセミの鳴き声を聞いていない。
あのエゾクマゼミの声がどんな声であったのか忘れてしまった。
このセミは鳴いているところに、近づいていっても逃げるようなことはない。
手掴みすることが容易である。
が、セミを捕まえたのは一夏に1、2匹くらいで、それはもう当然絵日記のテーマとなった。

関東地方のあの夏のセミの騒がしさは、夏の暑さと日差しを一層強いものにする。
釧路でまだセミの声を聞いていないのは、ぼくの耳のせいかもしれないと今気が付いた。
5日の夕方には、耳のせいかどうか分かる。
高校の尊敬すべき友人のGomoto氏は夏の「五月蝿い」は「八月蝉い」と書くべきだと云う、理に適っている。
それにしても、関東地方のあのアブラゼミの多さは異常とも思えるのだが、、、、。

2008年7月31日木曜日

ハイマツのタネ

近くの公園に植栽されているハイマツの松毬とそのタネ
松毬は、まだ青く、タネも柔らかい。

タネはコロコロした感じのものである。
青い松毬なのでまだ、実(タネ)が充実していない。
噛んでみたら、まだ柔らかくイモくらいの固さである。
食べたが松の実の脂肪でカチッとした固さになっていないので、味は今ひとつはっきりしない。
ハジケル頃にはもう少し大きくなっているのだろう。 今日は、午後から幼稚園の先生たちと釧路川にアメリカザリガニ釣りにいった。 ザリガニは小さいものほど良いようで、大物は川にそのまま捨てられた。その場所は釣りのポイントでもあるようで、捨てた魚を食べにくるミンク?がいるようだ。ザリガニを食べた糞があった。

花は、釧路川の土手に咲いていたタチギボウシの花。

釧路の夏が終わった?

釧路市和商市場:閑散としている。お客は地元の人たち。
昨日お昼過ぎに学生二人を釧路駅まで送った。
26日8時から29日の18時までのレンタカー代が27825円+ガソリン代となった。
夏の北海道のレンタカーは通常期の倍の値段。
いつも、内地から車に乗ってくると安上がりなのにと思うが、連続一時間も運転するとヘトヘトに疲れてしまうので、それが出来ない。
来年度からは公共交通機関を駆使した方法を考えないと、こちらがくたばってしまう。
子供の頃は、カニ族と名付けられた横長の大きなザック(キスリング)を背負った内地からの学生が軒先を貸して欲しいとやって来たことがあった。服は汚れていたが、爽やかな笑顔を残していった。明治大学の学生だった。

もう、このようなスタイルの若者の旅行者は見かけない。お土産はすぐ宅急便で送り、汚れ物もコインランドリーを見つけて洗い、食物もどこにでもあるコンビニのオニギリやパンで間に合わせている。

2008年7月30日水曜日

雌阿寒岳と阿寒富士(続)

雌阿寒岳と阿寒富士登山で、出会った動物たちは、エゾジカとエゾリス

オスのエゾジカ:雌阿寒岳・阿寒富士を登ってオンネトーに降りてきて、野中温泉でみた。まだ、袋角であるが、立派なオトナオスだ。全ての画像はクリックすると拡大します。
雌阿寒岳を登る途中で、見つけた食痕。
エゾリスが食べ残したエゾマツかハイマツのマツボックリだと思っていた。
今、あらためて見ると、これ松毬?と思ってしまった。
しっかりした写真ときちんと記録を付けるべきだ(反省、take隊員に申し訳ない)。 雌阿寒岳登山では、上の写真のように昔懐かしい、岩に赤ペンキの道標が残されている。ぼくが学生の頃の登山は、岩や樹木の幹への赤ペンキが塩見岳、北岳の道標だった。2万5千の国土地理院の地図のコースを頭に叩き込み、コンパスと赤ペンキを見ながら歩いた。当時は、2、30キロの重さのザックを担いでいた。ジャガイモや玉ネギをそのまま担いでいた。もちろん、酒は1升ビンを担いで登った。
上の写真の食痕は雌阿寒岳登山の途中の登山道にあったエゾリスのエゾマツの松毬の食痕と思われる。でも、エゾマツの松毬のタネはこんなに大きいだろうか?ちょとと疑問だ。

阿寒川での釣り

7月29日:阿寒川での釣り
ここは幼稚園のM先生の実家の土地。
流れが急なので、淵となっているところで浮き釣り。
餌は幼稚園の庭で採った大きなミミズ。
すぐ、次々に連れる。ウグイである。
一人一匹食べることになっているので、大物だけを残し、20センチ以下のチビはリリースだ。
バケツ内のものよりも大きければバケツ内の小さいのを川に戻す。

手は、瞬く間にミミズと魚の臭いになる。
陽射しが強く、土手の柳の木の下で涼みながら釣る。
ウグイの他にヤマメ?が2匹連れる。
暑いので、学生は泳ぎたがったが、もしもの事を考えてここでは止めてもらう。
ヤナギランがたくさん咲いていた。 釣りは、2時に終える。M先生のお父さんから御菓子、缶ジュース、たくさんの野菜と懐かしいイモダンゴをもらって戻る。学生たちを釧路駅前の和商市場に連れていく。

2008年7月29日火曜日

雌阿寒岳と阿寒富士

7月28日:雌阿寒岳山頂から、バックは阿寒湖と雄阿寒岳
       幼稚園の先生や学生たちと
5合目くらいから両足のカガトが靴擦れとなり、痛い。
今回履いてきた登山靴はもう、何年も普段タウンシューズとして慣らしていたもの。この登山靴だけが何故かぼくの足になかなか馴染んでくれない。
雌阿寒岳山頂からみた阿寒富士
ここに登ることに決める。足に絆創膏を貼り付ける。 阿寒富士から望む、雌阿寒岳。
阿寒富士の山頂から望む、これから下山する湖のオンネトー。
足元に咲いていたコマクサ。
オンネトーから車を置いた雌阿寒温泉までの山歩きで、もう靴擦れが酷い状態。

野中温泉に入ろうとすると袋角をもったエゾシカのオスがいる。もちろん、あとで、アップします。

硫黄温泉、200円で疲れも痛さも吹っ飛ぶ。

2008年7月28日月曜日

痒い!釧路湿原

午前中は釧路市湿原展望台から湿原の遊歩道を歩き。
午後からは温根内ビジターセンターから湿原を探勝する。
花々はもう咲き終わっており、ほんの少しの花が残っていた。

ウグイスを含む鳥たちの鳴き声にかこまれ、バードウオチングとなった。
女子学生は鳥の図鑑をもってきており、あれだこれだと確かめている。
今更ながら鳥痴の自分が情けない。

立ち止まるとヤブカで、手や顔が刺され、痒い、痒い。
遊歩道で、あ!イタチ!と思い静かに近づくと、ソヤツがこちらにやってくる。
シマリスだ!
どんどん彼はやってくる。もう、シャターを押すだけ。
なんと、もう一匹現れて、こちらに近づいてくる。
ぼくらの2メートルくらい手前でうろちょろし、一時もじっとしていない。
なんと、一匹がぼくの足元に、、。
ストックに興味を示し、臭いを嗅いでいる。 どうも、ぼくらは彼らの通り道を邪魔しているようなので、
ぼくらは一列になって彼らが通れるようにしてやると、、、、。
ぴょんぴょんと軽やかに飛び跳ねて、歩道を下っていった。

彼らがいなくなったので、リスたちの可愛らしさを話題にして5、6メートルもいかない内に、草叢から彼らが現れた。
ぼくらは彼らの行動域の真っ只中にいるようなので、「ゴメンすぐ出て行くね」と声をかけて歩いた。 上はエゾヤチネズミだ。ネズミ科ハタネズミ亜科に属する。ラットやマウスに比べ、口吻と尾が短い。もちろん、歯の構造が全く異なる。

親子連れが歩道沿いの草叢で見つけ、騒いでいた。初めはあまりの小ささにトガリネズミ?と思ったくらいだ。もちろん、この森のネズミについて説明をしてあげる。

湿原の花は終わり、タンチョウヅルには会えなかったが、たくさんの小鳥たちを見ることができたし、なによりもシマリスとエゾヤチネズミに会えたのは嬉しい限りだ。が、蚊にたくさん刺され痒い!

幼稚園に戻ってきたのは4時半、学生たちは海に行きたいというが、こちらは車の運転で疲れているので、止めてもらう。撮った花はまとめてホームページの方でアップしようと思います。

今日は、雌阿寒登山。

2008年7月27日日曜日

今日は湿原歩き!

隣の空き地にはえているノコギリソウである。
昨日午後2時に到着予定の学生が、電車に乗り遅れたのことで陽が落ちかけた午後7時付く。
すぐ、北の煙突を指差して風呂屋の場所を教え、スーパーの場所を教え、ゴミの分別やトイレ、部屋の使い方を教える。
学生たちは幼稚園の椅子や机、積み木などに目が奪われているようす。
丸一日半の列車の旅だったのに、疲れている様子がみえない。19歳の若さの素晴らしさだ。

今回は、学生の参加者は二人。
釧路の自然を思いっきり楽しんでもらいたい。
7時半になったらレンタカーを借りにいき、今日は釧路湿原歩き、明日は雌阿寒岳登山と続く。
ノコギリソウは子供の頃原野(湿原)で遊び回った頃の懐かしい花である。
原野に咲いている赤、黄、青、白色のたくさんの花々を採って大きな花瓶に挿して、花を楽しんだものだ。
今日は、できるだけ多くの花や木や虫、鳥、さらには動物たちに会いたい。

2008年7月26日土曜日

エゾサンショウウオだ!

学生たちが来るので、実家の幼稚園の教室の生き物を見ていたら、
おもしろいものがイルゾ!と園長をしているアニキが云う。
サンショウウオが水槽に2匹いた。 園児の父兄が、近くの湿原から卵塊をもってきてくれたようだ。
5,60匹の幼生が孵化したが、餌があるのに共食い をするようになり、この写真の個体はどの個体よりも早く大きくなり、生き残っているようだ。
7,8センチの大きさである。
他にもう一匹いるが、そやつは写真の半分くらいの大きさであり、エラも大きくまだ幼生という感じである。
この写真は、綺麗な水の水槽に写して撮った。
ミミズを入れてやると、顔を斜めに曲げて口を開け、ガブリとかぶりつく。両生類とはいえ、その動作は肉食動物のイタチのようだ。
釧路にはキタサンショウウオという釧路湿原にしか確認されていないサンショウウオとこのエゾサンショウウオが共存しているようだ。
同じ湿原で一緒に生活するからには、キタとエゾではいろんな点で異なっている行動生態や形態をしているのだろう。

2008年7月25日金曜日

釣りの今と昔

カモメ?:これってカモメですよね。
釧路市千代の浦マリンパークで。
鳥の目って爬虫類の目ですね。 マリンパークの釣り場で釣りを楽しむ人々
1時間、様子を見ていたが誰も釣り上げなかった。
しかし、驚いた。一人が竿を2、3本持っていて、それを同時に見ている。
実は、昨日買ったリールの使い方が分からないので、海に向かって仕掛けの投げ方と複雑なリールの使用法を見てきた。
昔(40年前)は、形式が今のものとは全く異なり、真上から大上段に構えて投げ入れるなんてことで、狙った場所へは落とせなかった。
それにしても複雑なリールである。 皆、ラジオを聴き、竿を置いてら釣りをし、餌は何か得たいの知れないものを付けていた。
昔は静かに、竿先をじっと眺めているか、竿をいつも握っていた。
そうやって魚が餌を突付いたり、引っ張ったりするのを竿先の触れや手に伝わってくる振動で判断したたものだ。
餌のゴカイは潮が引いた岩場で採るか、狙う魚によっては最も安い魚のサンマを切って使った。

釣りの世界が進歩しているのだと思いたい、、、、。

しかし、竿を置きっぱなしで釣り上げるなんて、たまたま大きく竿がしなったから引き上げたら、偶然釣れていたということと変わりがない。

寒さで手がカジカンデも竿を掴んでいた釣りが懐かしい。

2008年7月24日木曜日

涼しい釧路の懐かしい木の実

ハマナスの実:道路沿いの植え込みで
これから赤く熟し、甘くなる。タネは小さな針状の綿で被われており、口の回りが痒くなるほど食べた。ジャムが売られている。
グスベリの実:やはり道路沿いで、ぼくが子供の頃は果物屋さんでも売りにだされた。これから熟し、赤黒く透き通るようになると甘いよ~。二個たべたが酸っぱかった。
ナナカマド:実家の庭で、「カラスの実」と云って、秋になると赤く熟す。甘くなく、苦い。この実をパチンコの玉の代わりにした。当たるともちろん痛い。
釧路は温かくなったとはいえ、半袖では少し寒い。
庭にはアスチルベやキンレイカが咲き、ダリアも来週には咲きそうだ。
2頭のイヌもお袋も散歩の距離が半減した。
こちらの学校は明日が終業式で、夏休みとなる。

2008年7月23日水曜日

丹沢登山(続)木の実

今回の丹沢登山で見た木の実は、下記の三種の他に、挙げればキリが無いほどである。
下記のアブラチャンの木は、大学に入って同級生の女子から教わった。
なんども”あぶらちゃん?”と念をおして聞いている。
何とも愛らしい名前であり、実がついていてこそ”アブラチャン”という名がぴったりする。
クスノキ科なので、葉を揉むと、クロモジや常緑のシロダモなどと同じ匂いがする。
オニグルミとサワグルミの木は、実をつけていない冬場や春先は区別できない。しかし、花が咲き、実をつけると遠くからでもすぐ判る。下の写真はサワグルミであるが、この実を食べるのは鳥たちのほかにどんな動物たちなんだろう。
エゴノキの白い花が散り終わると、白緑色の実がぶら下る。縄文時代の遺跡からこの実が出てきたようだ。有毒なので、すり潰して川に流して麻痺した魚を獲ったようだ。それには川が埋まるくらい大量の実が必要な感じもするので、どのようにして毒性を有効に用いたのか?
この実は鳥も食べることができないのなら、どうやってタネを方々へ分散させるのだろうか?
これで、丹沢登山はおしまいです。
今日の午後には釧路です。
91歳のお袋の介護を兼ねて、今夏は子供時代に戻って釣りを楽しもうと思っております。
20度前後の気温なので、薄手のセーターを一枚もっていきます。