「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教、民族、国を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2008年12月15日月曜日

キャノン会長・経団連会長の御手洗富士夫

西北大学の構内の3月:黄沙のスモッグ状態である。建物や街路樹の葉に触れると黄色く汚れる。
 知人の植物写真家の鈴木庸夫さんが、キャノンカメラの新製品の購入を辞めるとブログで書いていた。大分キャノンの非正規労働者1000人以上の首を切ったことへの怒りであるようだ。

 キャノン会長であり、経団連会長の御手洗富士夫氏は、会長としての最も品質劣る人間であろう。
このような程度が低いともいえる人間を日本経団連は会長として選んでいるのだ。
テレビや新聞でこの御手洗富士夫氏の発言を聞いていて、「国民のことを考えた経営者の資質は全く持っていなくて、労働者や国民のことよりも目先の利益のことだけを考えた質の劣る財界人であり、自分のことが大事な人である」と思ってきた。

 キャノンの今回の素早い首切りに対して、「御手洗富士夫」をネットで検索して読んだ。
 先ずは、検索してみて!

 思っていた通りの、あるいはそれ以上の悪者である。
 こんな儲けのことばかりしか考えていないバカは即刻退陣してもらったわなければならない。
 
 経団連会長を含む、財界人の質がすごく落ちている、総理大臣を含む政治家の質も落ちているから、明日の日本が心配だ。
 あの土光敏光のような財界人はいなくなってしまったのか? 

2008年12月14日日曜日

組み立てた頭骨から、、、考える。

もう、何年も前にT.Sさんか宅急便で送られてきた房総のアカンボウザルの頭骨を木工用ボンドを用いて組み立てた。
乳歯の萌出具合から判断すると2ヶ月ちょっとたった赤ちゃんのものだ。
骨は薄ぺらであり、泥やゴミを落とすと割れてしまうので、泥などがついたままそのままボンドをつけた。
前歯のところの透明のものが乾いたボンドである。
ジグソーパズルの三次元というのはなかなか難しい。
組み立て終わると左右の頬骨が無い。
箱の中を探しても見当たらない。

頭蓋は、ヒトでは15種類23個の頭蓋骨(神経頭蓋:脳を被う)と顔面骨(内臓頭蓋:呼吸、消化器を被う)からなるが、サルではさらに多くの骨からなり、サルよりもキツネの方が多くの骨よりなっている。
例えば、前頭骨や下顎骨はキツネでは左右の一対2個あるが、サルやヒトでは1個となる。
前顎骨はキツネやサルでは2個だが、ヒトでは前顎骨そのものがなく、上顎骨が代用したかたちになっている。

このような骨数の減少は、歯の数でも同じことがいえる。
上顎骨の右だけをみると、キツネは哺乳類の基本的歯式の3・1・4・3(切歯・犬歯・前臼歯・臼歯)だが、ニホンザルやヒトでは2・1・2・3となるが、ヒトの第三臼歯(親知らず)は消失する傾向にある。

ウマの足の指骨の数の減少なども含めて考えると、進化とは基本装備を減らして単純化、身軽になることだとも言える。この説を今のぼくらの社会生活に換言して考えるならは、最近の世の中はなんとゴチャゴチャとした装備・道具に溢れていることだろうか?

2008年12月13日土曜日

北岳が見えた!

12月3日東丹沢の高取山から北岳が見えた。
翌週の10日も靄に霞んでいたが見えた。

過去、2度登ったことがある北岳。
何れも夏に登った。
30代の時と40代の時だった。
30代の時は行き帰りとも楽だったが、40代の時は間ノ岳、農鳥岳を越えて大門沢での下りで膝が痛みを感じた。
この時が膝痛の始まりだった。

遠くから見る北岳は、強烈な神々しさを感じる。
何故か、跪き涙が出そうになる。
形が綺麗な遠くから見る山は不思議な存在だ。
北岳だけでなく、
何かを語りかけてくるような人格さえ備えているような感じがする。

2008年12月12日金曜日

頭骨の授業は我家で!

今日は、朝から専門学校生たちに我家に来てもらって、サルの分類や頭骨の授業をやった。
ノートパソコンからテレビ画面に写して見せるためにパソコンとテレビを繋ぐケーブルを買ったがダメ。
結局、前に買っていたDELLの大きいディスプレーに接続してやる。
こんなことならもっと大きいディスプレーを買っておくんだった。
上手く、授業はできた。
お昼を食べてからさまざまな哺乳類の頭骨を見てもらいながら話しをしたが、授業の内容には興味がなく、頭骨そのものに興味があるようで、「これ、欲しい!」、「先生、ちょうだい!」、「わー、これ可愛い!」と自分のバックに隠すような素振りをこれ見よがしにするので、授業にならず。

彼らが帰った後、上顎と下顎がしっかり揃っているか確認し、頭骨の飾り棚や、トイレの頭骨まで見届ける始末だった。
授業にはならなかったが、頭骨に興味を持って欲しがってくれたことは大成功だ!

陽に向かって、、。

12月10日:仏果山、山頂付近の細尾根の岩場に咲くリュウノウギク。
朝夕は0度以下になってるだろう。
葉が霜で赤紫に変色している。
陽に向かって最後の花弁を広げている。
植物の生命力には驚かされる。
ほとんど水分もないような岩に根を張って生きている。
春から秋にかけては、朝露や夜露を利用して生きているのだろう。
それでもしっかり花を咲かせ、タネを作っている。

ぼくらは、寒くなれば暖房をいれ、暗くなれば明かりをつけ、ノンノンと暮らして太り、体重を減らすための運動をする。
少しでもこのリュウノウギクの生き方を取り入れていきたいものだ。

2008年12月11日木曜日

ひ弱なソクラテス

高取山から蛭ヶ岳(中央の奥の山)12月3日の写真、昨日10日は山頂部全体が雲で覆われていた。
環境哲学を研究する学生たち6名(女子3、男子3)と矢部さんとぼくの8名で先週の逆コースで山歩きを楽しんだ。
女子1名は足のかがとに腫瘍があるとのことで最初から大丈夫?と思うほど歩きが鈍い。男子1名は中国からの留学生で39歳であり、他は20代の若者だ。
矢部さんにトップを歩いてもらって、ゆっくりしたペースでお話ししながら歩く。
環境哲学ってなんだか難しそうで、皆、研究室で本とニラメッコの毎日のようだ。
男子も女子もこのような山歩きには不向きのようで、歩くバランスが悪い。
矢部さんが後を振り返りながら、ゆっくりしたペースになるのも無理はない。

仏果山でのお昼では元気そうに見えた女子学生も高取山にある望遠塔には疲れて登って来られず。
帰路、ぼくの前で元気に歩いていた女子が転んで足を挫く。

バランスが良い歩きで元気なのは39歳の留学生と自転車で通学しているという男子だけだった。

「健全な肉体に健全な魂が宿る」とは思っていないが、例え、哲学を研究対象とするならば、少なくても若いときはもっともっと体力をつけ、瞬発力やバランス感覚を身につけるべきであろう。
環境哲学と名を売っているなら尚のことであろうと感じる。
研究室に閉じこもらず、野外に出て、自然の営みを目で見、耳で聞き、舌で味わい、肌で感じてこそ、思考がどうどう廻りにならず、論理的になる。
狭い部屋に閉じこもっての哲学はひ弱なソクラテスを生み出す。
昨日の環境哲学研究学徒等の山歩きが骨太の力に満ちた哲学を生み出してくれる一歩になることを望む。

2008年12月10日水曜日

サルの群れに出逢ったが!

今日は丹沢でサルに逢った。
仏果山に登ろうと思っていた矢先に、、、、!
オスグループなのかな?っと思って5,6分観察しておりましたが、ちょっと山に入るとチビやメスがいまいた。
道路際にでてきていたのは群れの周りにいる周辺部のオスたちだったんです。 (下の写真の個体は、カキの木に登っている16、7歳のオトナオス)
日本の動物を撮るのはぼくのカメラではダメ!
今持っているカメラを買ったのは、南アフリカの動物を撮るためで、遮るものがないところではゾウでもキリンでもピントが合う。
しかし、日本の動物は森の動物、知っているけれど林道で逢った時はオケーだった。
これで、解りました。
自分の永遠の恋人に逢ってもその写真を撮ることができない。
ピントが木の枝に合ってしまって、対象とするサルはボケてしまう。
丹沢の山でサルに会うのは、渋谷や新宿の街で有名人に合うよりも難しい。

しかし、こんな道端に山柿があったなんて、サルがいなければ気がつかなかった。
サルたちには見えていて、ぼくには見えなかった。ぼくの目はやはり節穴と同じ。

2008年12月9日火曜日

ヘビも虫も平気な女の子

秋の景色に彩られた高宕山近くの石射太郎である。
ここはかって高宕山T1群の餌場であった。
上の屋根が見える小屋付近で、女子学生が捕まえた冬眠前のシマヘビ(ですよね!)。
T女子学生はヘビを捕まえるのは、ぼくよりも上手かもしれない。
彼女の動きを見ていると子供の頃から野山を駆け巡っている姿が浮かんでくる。
野山から生まれた天然女子である。
女の子なのにという言い方は全く当てはまらない。
ヘビを見てキャーキャーと叫ぶ女子はどのような教育や思い込みがあって、ヘビを怖がるのだろうか?

それぞれの郷愁を感じる風景

富津市高溝、宇藤原は、都心から3時間あれば来れる地域である。マイカーなら2時間で来れるだろう。
ちょっと街から外れた房総丘陵の中は、ぼくが小学校の教科書に載っているような風景がまだたくさん残っている。
ガマや、ジュジュダマがあり、柿が赤い実をつけてぶら下っている。
この里山の風景はぼくにとっては教科書の風景であるが、少し懐かしさを覚える。
日向にリンドウが咲いていた。
時代によって、生まれ育った地域によって郷愁を覚える風景も異なったものになるだろう。
ぼくにとっては、教科書のものよりも寒風吹きすさぶ根釧原野の荒涼とした風景だ。

2008年12月8日月曜日

千葉実習2

千葉県富津市宇藤原での専門学校エココミュニケーション学科野生動物レインジャー専攻の2年生の実習:夕食時の集合写真:テーブルの上には潰したニワトリの肉が並ぶ。潰す時は、涙ぐんで立ち竦んでいた女子もニコニコだ。
早くも咲いている水仙
朝食後、出かける前の集合写真
コウモリがぶら下る洞窟内で
高宕山方面・石射太郎方面・宇藤原方面の分かれ道で:
大崖から横須賀・久里浜方面を見ると富士山が天空に浮かんでいた。
石射太郎でお昼にする。
宿泊している家を出ると、すぐ廃道になったような踏み分け道を登る。木の枝や竹が倒れて覆い被さる。ようやく登りきったかと思うと、サル防御用の電気柵がある。戸を開けて平な道をいくと、つるつる滑る坂道が各所にある。
学生達はキャーキャーと叫びながら歩く。
ぼくは「これはビギニングだ!」と叫ぶ。
大崖という見晴らしの良い場で小休憩、石射太郎でお昼にし、廃屋がある台倉を通って、尾根道に入る。下りは再び滑る道、沢を渡り、泥んこの中を歩き、イノシシ檻が仕掛けられているところに登って戻ってくる。

野外実習を嫌がっていたような学生たちだが、皆、ワイワイ、キャーキャーと元気が良い。山歩きの楽しさを存分に味わってくれたと思う。

2008年12月7日日曜日

湯河原野生動物探検隊

7日、湯河原野生動物探検隊の集まりがあった。

真鶴駅前で植物写真家のisa隊員とtaka隊員の二人と落ち合い、林道へ向かう。すぐいけると思ったのが、ショートカットしたつもりがそうではなく、藪をつき抜けたり、道に迷ったりして、2時間半以上もかけて林道にたどり着く。「愛の鐘?」がある見晴らしの良いところで、海で仕事中のtake隊員に、のどかに浮かんでいる5、6艘のどれに乗っているのか携帯で尋ねる。

下の写真はisa隊員から教えてもらった、ノササゲである。この鮮やかなに青紫色の鞘に魅せられた。今まで山を歩いていて、ノササゲに気づいたことがなかった。ぼくにとっては新知見ともいえるマメ科の植物との出会いである。
湯河原の山や丹沢の山を40年も歩いているのに、この綺麗なノササゲの鞘に気づかない。
たくさんのことを目にしているのに全く気づかないでこれからも生きていくのかと思うと、残念である。
新しい知人を得ることによって、自分の目が開かれた。
植物写真家のisa隊員とtaka隊員は夫婦である。

泥足でイノシシが林道を横断する場所が、数箇所あり、道路が汚れている。横断する前に少し躊躇するのだろうか?道路の端を行ったり来たりしているのか?少し汚れている。

2008年12月6日土曜日

とうとうサルに出逢ったが、、、、!

今朝は5時半に起きて、パン2枚とハム2枚とサラダ菜とコンソメスープの朝食をとり、弁当をザックに容れて8時半に宿泊している廃屋のような古い農家を出る。
石切場の址の地下へ通じる竪穴をとおり、コウモリたちを見た後、大崖、石射太郎、台倉を廻って宇藤原の宿泊にしている古い家に着く。
部屋の中を掃除、整理整頓して、宇藤原を後にする。 宇藤原を過ぎて歩いていて休耕田跡にジュズダマやガマの穂があったので写真を撮っていると、オスザルの声。来た方を振り返ると北方の林の木が揺れている。オスザルが一頭いる。近づいていって観察したいが、バスに間に合わなくなる。

オスザルの木揺すりをしながらの「ガッガッガ」という声を聞きながらバス停まで急ぐ。
オスザルが一頭、樹上にいる(クリックすると拡大します)。久しぶりの発情オスの「ガッガッガ!ガッガッガ!」の声を聞いたし、写真を撮れたので嬉しくなって、学生たちを追い越してトップにでる。後ろ髪を引かれるが、バスが1日に5本もないので仕方がない。

2008年12月5日金曜日

千葉実習1

千葉県富津市宇藤原にある農家に泊まっての実習
宿泊先へ向かう途中でニワトリを4羽もらう。
ぼくが見本として2羽を潰してから、他の2羽を学生たちにやってもらう。
二羽を殺したところで、もう食べきれないだろうと思い、裏のお家に引き取ってもらおうと持って行くが、おばあさんは「家にはたくさんニワトリがいるので要らない。可哀相だが皆で殺して食べた方が供養になるよ」ということで、しぶしぶ持ち帰り、最初は男子が、次に女子がやる。
皆、首を切られて死んでいくニワトリが可哀相で戸惑いがちであったが、とうとう4羽をやる。

2008年12月4日木曜日

新宿・横浜・江ノ島が見える!

高取山から
朝靄の中の新宿副都心
横浜港みらい仏果山から細尾根を下るところで、江ノ島
いつも山歩きで持ち歩いているLumix(Panasonic)DMC-F28、2006年に買った最初のヤツは翌年の梅雨時のヤブコギで濡れて壊れ、2台目である。すごく軽くて、ぼくにとっては重宝している。
上は最大の12倍で撮った。三脚につけ自動シャッターでやればもっとイケルだろう。
しかし、やはり一眼レフが欲しくなってきている。

森林整備・管理という公共事業

昨日は、1年3ヶ月ぶりの仏果山・高取山であった。
先日のサル調査で出逢わなかったサルの群れを求めて登ったのだが、空振りに終わった。が、仏果山から経ヶ岳への細尾根で、最後の力を振り絞って咲いているリュウノウギクがあった。 東丹沢の山麓は、数年前から新たなシカ柵とハイキング道路のような新たな道が縦横に作られてきた。
それが、仏果山に来て森林整備用管理道ということがわかった。
40年前の山の管理をする人たちの道は赤布や赤ペンキと、林班の番号を記した棒杭だけだった。
ぼくにとっては、こういう道はありがたく利用させてもらうが、下のような立派な道が森林管理に必要なのだろうか?
野山を歩いたことのない整備管理者に歩いてもらうために作っているのかな?どこかの土木工事業者にお金を落とすための公共事業ではないだろうかという疑問が出てくる。
シカ柵は、ぼくのような山歩きの自然愛好家にとっては厄介物である。 尾根を歩いているとシカ柵にぶつかる、斜面を下るとシカ柵だ、迂回するのに柵に沿って歩かなければいけない。
何を防御するためにシカ柵を張り巡らしているのか判断にくるしむ。
以前のシカ柵は、シカによる食害から人工林を守るということがわかった。
しかし、今、建設している柵は何のための柵なのだろうか?
この柵も公共事業によって業者を潤すだけのものではないだろうか?

2008年12月3日水曜日

6月8日の写真名の誤りを訂正します

6月8日:「続)梅雨の晴れ間の丹沢山麓」でアップした写真のヘビは、ヒバカリではなく、シマヘビの幼蛇であるとバッジーノさんから御指摘を受けました。
バッジーノさんに御礼を申し上げるとともに、このアップを見た皆様にあやまりたいと思います。
バッジーノさん、これからも宜しくお願いします。

慌てん坊のテン


今朝、5時半に矢部さんの車に乗って丹沢へ。
仏果山登山口前に車を置き、仏果山を目指して登る。すぐ、2頭のメスジカに出逢う。
警戒音をどうして出さないのかと思ったら、警戒音を出し始める。
宮ヶ瀬越えから高畑山をピストンし、仏果山へ。
登り始めは少し、暗かったので寒かったが、陽が出てきて暑いくらいである。
タヌキのタメ糞やテン糞が落ちている。どれにもマメガキのタネが入っている。
土山峠へ下りる途中にテンが杉林を翔けていくのを見る。
上の写真はテン糞である。
マメガキの皮とタネ、それに赤いアズキナシの実が入っていたので、その写真を撮って、糞を崩す。アズキナシは全く消化されないで、俵型の実のままであった。
サルを含めて、果実を食べる哺乳動物たちは、果肉はかなり消化できるが、果皮は消化できないで糞として排出される。
アズキナシやウラジロノキの果実はちょっとぼけったようなリンゴの味がして、美味しい。この糞をしたテンはアズキナシの実を噛まないで丸飲みしてしまったために、養分を摂取できなかっただろう。サルナシやマメガキだと大福豆くらいの大きさがあるので、噛むために皮が破れて果肉を消化できるが、アズキナシの実は小豆くらいの大きさなので丸飲みしてしまったのだろう。この実を噛まずに大量に食べると消化できなくなて下痢になるだろう。きっと、この糞をしたテンは慌てて飲み込んだのかもしれない。

2008年12月2日火曜日

嘘と本当の認識の世界

実家(釧路)の幼稚園の子供たちにゾウさんの絵を描いてもらった。
上から年少児(3歳)、年中児(4、5歳)、年長児(5、6歳)の描いたゾウの絵である。
発達に応じて、ゾウの輪郭がしっかり描けている。年長児では足の蹄まで描けている。
共通しているのは、皆、長い鼻が描けていることだ。
子供が成長に応じて見えている世界があるのだが、ゾウでは、大きな身体と長い鼻と大きな耳が共通して認識されているようだ。

しかし、ゾウには長い牙がある。これを描いた子は一人もいない。
アフリカゾウは両性とも長い牙をもつが、日本の動物園で飼育されているのは大抵がアジアゾウであり、アジアゾウはオスは長い牙をもつが、メスのは短い。

一人くらい、牙を描いて欲しかったのだが、動物で飼育されているアジアゾウも長い牙は危険ということだろうか?短くカットされている。

また、童謡の「♪ぞうーさん、お鼻が長いのねぇー♪」という歌詞も長く大きな牙については触れられていない。確か、タイやビルマの子供が描いた絵ではゾウが森などで働いている姿には牙がしっかり描かれているように思うが、どうだろうか?

さらに、年中児や年長児になると、ゾウの口を赤く塗っている。
これは、事実はそうでないのに、年中児になるにしたがって母親の唇の色がインプットされて、ゾウの口まで赤いと思っている。

ヒトは、周囲から教育されて様々なことを認識していくようになるのだが、純粋な子供の目からゾウを見るというだけでもウソがはいってくる。ましてや私たち大人は偏見の塊のような見方しかできていないかも知れない。経済学者や政治家が話していることの真価を判断するのは、何らかのしっかりした基準を持ち合わせない限り難しいことになる。

2008年11月30日日曜日

資源の節約

これは、ぼくがタンガニーカ湖、湖畔の家に住んでいた時の、ドラム缶の風呂、その右奥にトイレがある。風呂の前にはパイナップルが育っている。
風呂に入るのは週一回であった。
他は、タンガニーカ湖での水浴びである。
ドラム缶に70%くらい容れた水を沸かすには、一抱えもあるくらいの焚き木を必要とした。
焚き木は湖岸に打ち上げられた木や、裏山で見つけた枯れ木を利用した。
が、1年もしないうちに裏山の枯れ木は取りつくしてしまった。
隣の村で売っている炭を買った。
しかし、この炭は人々が山に入って木を切り出して作ったものであり、伐採によってますます乾燥化が進んでいくことになるので、炭を買うのをひかえた。

毎週の山から戻ってくるときに、手頃な枯れ枝があれば拾ってくるようになった。
枯れ枝一本でも大事な燃料としての資源であり、知人が泊まったときは、湯が冷めない内にお風呂に入ってもらった。

子供の頃、薪や石炭で風呂を沸かしていた頃も、いちど湯が沸いたならば、「出たよ~!」と大きな声をあげて、自分が出たことを家族の者たちに知らせ、湯が冷めない内に次々に家族の者たちが入った。風呂を沸かすのは週、2、3回?だったと思う。
それが、今の我家はどうだ!
風呂は毎日沸かし、湯が冷めない内に次々に入るわけではない。
風呂は自動で冷めればスイッチが入って温めてくれる。
8時半頃ぼくが入ってから、娘は12時過ぎに入る。
その間、何度スイッチが入っているかわからない。

可能な限り、短時間で家族の者たちが風呂に入ればすごい資源の節約になり、炭酸ガスを排出する量もかなり減らせると思うのだが、、、、。と書いてきて、ぼくが風呂に入る時間を寝る前の11時半頃にしようと思う。
車もそうだが、便利になることは資源を浪費し、炭酸ガスを多く出すことだと分かる。

浅草の酉の市

知人の奥さんの実家が浅草ということで11月29日の酉の市に誘われた。

浅草は三度目だが、夜の浅草は始めてだ。
すごい人、ひと、ヒト、人である。
不景気のため、例年にない混みようのようだ。
先ずは、雷おこしを買い、屋台に座って鮎の塩焼きと焼き鳥、焼き豚などでコップ酒。
威勢の良い掛け声の中を押されるように歩いて、さらに別の知人3人と落ち合い、日本語ペラペラのアメリカ人まできて、店の前にできたビールの箱の特設の椅子に座って、飲み、食べる。
時計が11時を回っているのに気づき、慌てて上野までタクシーで。
始めての酉の市、日本のお祭りの活気をもらって帰ってきた。