2008年11月9日日曜日

眩しいナンテン

昨日は、午後2時から8時まで我家の居間で、専門学校の卒業生たちと鍋を囲んだ。
25歳の女性たちを直視できない。
彼女らの身体の中に何があるのだろうと思う程、みな光り輝いていて眩しい。
ニギヤカナに鍋が終わり、台所を整理整頓して、引き上げていった。

今朝は曇り空、隣の庭のナンテンの赤い実が輝いている。
たくさん輝いて鳥たちに見つけて食べてもらわなくては、彼らは子供たちを残していけない。
卒業生たちの眩しさも、生命としての自然の輝きなのだろう。

2 件のコメント:

  1. 生命としての輝き、、まさにそうだと思います。若いってリクツでなく輝いている。エネルギーをしらないうちに発散させているのですね。

    でもいたって当人たちは気づいていない、そのときを夢中で過ごしているような気がします。自分もそうだったように。

    んで夢中ですごしていて気がつくと、ん、もうこんな年。

    でもこんな年も悪くないなと思います。(ちょっと鏡みるのやんなっちゃいましたが)。

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  2. 何故、こんなにも眩しいのだろうと思いながら、横目でちらちら見ながら飲んでいた。

    あの眩しさを、ぼく流にたとえれば、男子中学生がデパートの一階の化粧品売り場に入ってしまったような感じであった。

    この子たちとは、一番最初の丹沢実習で宮ヶ瀬・柏原の頭・黍殻山避難小屋・姫次・蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳・新大日・三ノ塔・ヤビツ峠・蓑毛とおよそ30キロを一泊二日で歩いた。以来、何だか戦友という感じである。

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