2011年1月30日日曜日

鴨獲り権兵衛

境川と引地川に挟まれてわが街はある。
それぞれに土手沿いの道はジョギング、散歩、サイクリングをする人たちが多い。
時々、川の鳥たちを見ている人もいる。

暮れに丹沢へ車で行った。道がアイスバーン状態でスリップし、
ガードレールにぶつかりそうになってから、丹沢行きを止めている。
今年は例年になく寒いようだが、30年前ならとても屋外で栽培できなかったようなゼラニュームが庭に植えられて花まで咲かせている。スイレン鉢の水も凍らない。やはり、温暖化が進行しているのだ。

このところようやく、図鑑を見なくても、以下の4種類がすぐ同定できるようになった。
しかし、それもオスだけだ。メスだけではまだダメである。
上からマガモ、コガモ、カルガモ、オナガガモだ。
コガモは本当に小さい。
愛嬌がある。 
こやつはクチバシが黄色っぽいのでわかる。
おいしそうなカモである。 
顔が少しコガモににているがクチバシは白いし、大きいし、、、。 
カモの仲間はまだまだいそうだ!
ぼくはカモを見ると、「鴨獲り権兵衛」の話しを思い出す。
鴨獲り権兵衛のように、かっての日本では鴨は大事な食料だったのだろう。
鴨南蛮蕎麦はぼくが好きな食べ物だ。
カモシカは鴨のように美味しいシカという意味だし、
ガンモドキは雁の味に似せて作った精進料理という説もある。
さらには「鴨が葱背負ってきた」という諺もあるくらいだ。

昔の庶民にとってみれば冬に渡ってくるガン、カモ類はとても美味しく貴重な食料だったのだろう。
アヒルやガチョウに家畜化されて、ぼくらはそれを口にしている。

しかし、今、宮崎や鹿児島で起こっている鳥インフルエンザの蔓延を渡り鳥たちに問題ありとする考え方は間違っているだろう。
ニワトリやアヒルの祖先たちは本来は屋外で飛び回っていた。土をほじくって虫や種子を食べ、十分な体力と病原菌に対しての抵抗力を持っていた。
が、土に接しないブロイラーで人工餌を与えられて、ベルトコンベアーに乗せられたようなニワトリたちは、屋外を飛び回っている鳥たちに比べたら、まるで無菌室で育てられているようなものだ。しかも、病気になったものが出てもそれから離れることなどできない状態だ。

野生の鳥や動物たちには何の罪はない。彼らは病原菌を持っていてもそれに耐えられる個体を生み出している筈だ。ブタ、ウシなど生き物の飼育の仕方を考え直さなければいけないことに気がつかなければ、どのような病気がヒトに蔓延するかわからない。
何よりも彼らはぼくらと同じ脊椎動物だ。
ブロイラーのニワトリを食べて命の大切さも無いものだ。
食べるなら、彼らにもっと生の喜びを味わってもらうように育てたいものだ。
中国やアフリカなどの田舎で鶏を買って食べた味が忘れられない。
中国やアフリカではニワトリよりもハトの方が高かった。

3 件のコメント:

  1. やはり抵抗力が落ちているせいなのですか?

    因果関係は解明されてないかもしれませんが、ふつうに考えると、そんなふうに思えます。
    人間のアトピーなどもそんな現代病でしょうか。

    最近、みんなが生活スタイルを見直す時期にきているような気がします。

    オナガガモ、初めて知りました。

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  2. 効率ばかりを考える文化を考えなおさなければならないと感じてます。

    少なくとも、ニワトリは家畜化される前は集団生活はしていなかった訳です。
    動物たちが、ナワバリや行動域をもって互いの生活圏を大事にして生息していたわけです。
    ナワバリや行動域は伝染病の蔓延を防ぐ機能も働いているわけですが、、、、。
    家畜の飼育にそのような飼育方法を望めないが、しかしできるだけ野生の状態に近いような飼育方法を考える時期だと思う。

    人間のアトピーも環境や食物との複合汚染だと考えております。
    花粉症でスギが悪者になり、あるいはブタクサ、北海道ではシラカバの花粉症まであります。
    植物があって動物が生息していられるのに、その植物が悪玉にされる。
    これは、間違っている。
    本当は、食物の汚染や環境汚染が根本にあって、スギやシラカバはただその引き金になっていると考えております。
    データーがなくても、こと食べる物に関しては感覚で物を言っても良いのではと思います。
    畸形ザルがたくさん生まれた時期がありました。正確な因果関係は結局明らかにできませんでした。しかし、農薬に問題ありと指摘され改善されました。
    データーがないから、因果関係が不明だからと考えたら問題の本質がボケてしまいますね。

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  3. 私がこだわる「食は三里から」というのも、もともとは自分の本能みたいなところから行き着いた言葉です。

    目の届く範囲で、つながりのある人から食べ物を手に入れるのが、安全安心なのは間違いないことです。
    これがもともとの文化で、地域性もあったのでしょう。

    これができない現在でも、同じ状態に近いスタイルにしていかないと、一つの病原菌で人類が全滅なんてことがありそうです。

    強い伝染病が流行っても、ある地域の人たちだけは助かる、なんて食生活があったかもしれませんね。

    やはり薬付けのブロイラーはいけないのでしょう。

    やまぼうしさんのブログにのった疥癬のタヌキ、隊長の指摘で人間のゴミをあさってそうなったのかも、なんて思いました。

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