2009年12月9日水曜日

荒れる釧路港

老母の葬儀で釧路へ行ってきた。
93歳であった。
釧路の発展とともに生きた人生であった。

今の釧路は全国の地方都市と同じように、売り地、売り家の張り紙だけが目につく。

肌を突き刺す強く冷たい風、荒れる満潮の釧路川に架かる幣舞橋。
今まで以上に釧路に帰省しよう。
両親はいないが、故郷釧路を見守りたい。

5 件のコメント:

  1. 私の父親も脳梗塞で倒れ、一時危なくなりました。
    ICUのベッドにで手をしばられているのを見るのがつらかったですね。

    意識があるのか、ないのか、ベッドからともかく抜け出そうとするのです。麻痺しているのに、これまでと同じようにしようとする。
    いろいろ考えさせられました。

    お母様の冥福をお祈りします。

    釧路港の風景、つらいですね。
    釧路が大自然の中でいつまでも続いていく街であってほしいと思います。

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  2. この秋、ウチでもつれあいの母親が亡くなりました。順番からいってもいつかはそういう時が来るとは覚悟していても、心に大きな空洞ができてしまうそのつらさは想像にあまりあります。
    ご冥福をお祈りします。

    Isa隊員

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  3. 親はどんなに年をとっても故郷の家にいるものだと思っていました。

    亡くした時の心の空洞は想像つかないものでした。

    本当に故郷への思いも今までとはちがってきますね。

    お母さまのご冥福を心からお祈りいたします。

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  4. 皆様 いろいろありがとうございます。

    今日学校へ行って、同僚の若者から「随分疲れた顔してますよ!」と云われびっくりです。

    祖父の死はもちろんのこと、親類の人たちの死にでも、親父の死でも、葬式は呑んで騒いだ。

    しかし、飼っていた犬のクロが14歳で死んだときは、泪をぼろぼろ落としながら庭に穴を掘った。クロが死んだら、毛皮は尻皮に、頭骨は標本にと思っていたのに、とてもそんなことができなかった。

    お袋が逝って、納棺の時と、火葬の時と骨拾いの時に泪があふれ出た。

    泪って、不思議なものである。

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  5. お母様のご冥福をお祈りいたします。
    こちらでは亡くなった方のご家族に、「亡くなられた方にとって一番いい場所へ帰れますように」と声をかけます。そのようにお祈りします。

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