「特定秘密保護法反対」

「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」に反対します。憲法第9条をしっかり守りましょう。教育勅語の教材活用は間違いだ!

自由であっても、他人の生まれ、身体、性別、年齢、故郷、風習、宗教を差別する、小馬鹿にする、冒涜するのは許されない。

原発不要・核廃絶


2008年1月6日日曜日

釧路港と幣舞橋

釧路港を眺める

 小学低学年までは、富士見町に住んでいたので、当時、鯨の解体工場があった先の岸壁に座って釣りをしたものだ。秋刀魚の切り身を餌にしてカレイやコマイを釣った。

 幣舞橋を歩いたり、バスに乗ったりして湖陵高校まで

 釧路は帰省する度に寂びれていく。店舗が閉まり、マンションやアパートの空室が目立つ。かって賑やかな通りだった北大通りと南大通りをつなぐ幣舞橋も日曜日のお昼なのに人も車もちらほらだ。

2008年1月5日土曜日

変わった釧路原野(湿原)


3日の夜に、啄木が
「さいはての 駅に降り立ち 雪あかり さびしき町に あゆみ入りにき」
と詠んだ、我故郷の釧路にきた。

お袋が入院した病院の駐車場から見る冬空は、中学の時覚えた
啄木の歌が自然に口からでる。

この病院が建っているあたりは、ぼくが子供の頃は一面の原野(湿原)であった。
この時季は、山スキーを履いて、雪原をどこまでも歩いていけた。

2008年1月2日水曜日

お正月 国旗掲揚の旗日


元旦:昨日、横浜市と藤沢市のあいだを流れる境川沿いにある鯖神社に行った。いつも、まったく一人も会わない参道に多くの参拝客がいた。甘酒のサービスまであり、隠れたような神社も良いものだとおもいながら帰路についた。途中、門松とともに国旗を掲揚している家があり、珍しくて写真を撮った。
以前は、お正月はもちろんのこと祭日には国旗を掲揚する家が多かったものである。湘南台公園で大きなテントが幾つか張られ、マイクで音声が流れていた。テントの屋根には「藤沢カトリック教会」と書いてあり、テント内には大鍋が幾つか見えた。ホームレスの人たちへの炊き出しであった。正月早々、幾つか考えさせられることを目にした日であった。

2007年12月31日月曜日

大晦日の日中

       ベランダに干した白菜と乾燥させている知人から貰ったマメガキ

師走に入ってから庭のサルスベリの枝落としを行い、この2、3年気になっていたナツツバキの太い横枝を鋸で切り落とす。さらに、春の草花の球根や苗の植え付けと外仕事が続く。昨日は、窓ガラス拭き、今日は駐車場や家の周りに絡みつくようにある落ち葉を掻き集める。寒いので部屋に入り、買ってきた白菜を八つに縦に切り裂き、ベランダに干す。残るは昨日見つけた紅玉のジャムをつくり、それと大根を輪切りにして塩と昆布と麹で漬ける。さらに、家の前の道路を竹箒で掃き、草を毟る。これから、上の白菜を昆布とユズをいれて漬ける。それで、年内の仕事は、、、、懸案の年賀状は例年、大晦日の夜だ!
            来年こそ良い年でありますように!

2007年12月30日日曜日

カニクイザルの頭骨


昨夜、教え子で隣の駅に住む女性が、上の写真のカニクイザル(Macaca fascicularis)のオスとメスの頭骨を持ってきてくれた。彼女が会社の屋上で晒骨したものだ。
カニクイザルはニホンザル(M. fuscata)と同じ属で兄弟みたいなものなので頭骨もたいして違いはないだろう思っていた。が、見れば見るほど違いがあることが分った。この違いについては追ってこの冬休み中にもHPの「自然」「哺乳類の骨」のところでUPしたい。
それにしても、オスの犬歯は長い!性的二型がニホンザル以上に大きいようだ。

2007年12月28日金曜日

梅にメジロ



昨日、梅の蕾をUPしたあと、大きな熟し柿があったのでそれを小鉢に入れて、梅の枝に吊るした。どこで見ていたのか、10分もしないで2羽のメジロがやってきた。2羽一緒に仲良く食べればよいのに、1羽だけが独占してしまう。っとヒヨドリもやってきた。もちろん、メジロは飛び立つ。メジロとヒヨドリが代わる代わるにやってきては熟し柿を食べていた。今朝、見ると種が1個残っていた。

2007年12月27日木曜日

続)ハナミズキの蕾


                    ハナミズキの蕾は大きい。

真冬の猫の額の「ウメの蕾」

3年前家を建て替えたため狭い庭がいっそう狭くなった。梅は枝を切ってもその年に伸びた枝に花芽をつけてくれる。あと、2ヶ月もすると香りの良い花が咲くだろう。

2007年12月25日火曜日

ツルウメモドキ


晩秋の山路は紅葉が落ちるとツルウメモドキ(ニシキギ科)の赤と橙の実が目立つ。
             12月19日:東丹沢の伝道付近で
(Googleのブログにしたが、文章と写真の配置がまだ上手くできない)

2007年12月24日月曜日

集団生活

 先日、専門学校生たちと始めての一泊二日の野外実習を行った。
 
 群れ生活するサルも、集団で採食移動しているシカも、
 休息、移動、採食は集団のメンバーが皆一緒に行っている。
 採食している時は、どの個体も採食しているし、しかも同じ物を食べている。
 集団のメンバーが同時に同じ行動を行う。これは集団生活の基本である。
 特に採食行動は、私たちヒトにおいては大事な場面において儀式として行われる。
 外国からの要人や貴賓と皇室との会食。身近なものでは家族の食事。恋人同士の二人だけの晩餐、結婚式での披露宴という大勢での食事。これらはどれも食事を共にすることによって互いの親睦や信頼感を高めているのだ。 

 学生たちは、夕食前に一人で自分が買ってきたお菓子を食べる。しかも、どうどうと一人でお菓子を食べる。皆の前で一人でお菓子を食べても恥ずかしくないのだ。当然、夕食は食べたくなくなる。朝起きて、お腹空いたとお湯を沸かしてカップラーメンを食べたり、スープを飲んだりしている。当然、朝食は食べられない。

 朝食は、ご飯に生卵と味噌汁かスープであった。ご飯は炊飯器が炊いてくれる。味噌汁やスープは袋を破って器に入れ熱湯を注ぐものであった。まさか、学生たちの家庭の朝食もこうなのかなと気味悪く、恐ろしくなった。

 恐らく、学生たちは子供の頃から家族がいるのにも関わらず、 一人で食べるのに慣れてしまって、皆と一緒に食事することができなくなっている。大事な集団生活の基本ができないのだ。

 皆で同じ物を食べる方がどんなに美味しいか、説明しても馬耳東風の感があり、虚しい。小学生の低学年までに食事を含む集団生活、あるいは危険に際しての対処の仕方を肌で覚えておかなければ、高校過ぎた若者たちを矯正するのは非常に難しいだろう。

 この学生たちが親になった時の家庭はどうなるのか?恋人同士でレストランにきているのに、互いに下を向いて携帯をいじっている。恋しい相手を前にして寸暇を偲んで愛を語り合いたいはずなのに、、、、、、。